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HACCP運用の概要について

前回のエントリーではHACCPの基本的な考え方を図解いたしました。HACCPはそれほど難しいものではないということをお示しできたかと思います。

今回は、では何故HACCPってあんなに色々決めたりすることがあるの? という話になります。

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HACCPとPPの関係性の話

HACCPでは現場で実際に製造をする際に特に気をつけなければならない点をCCPと設定して特別に厳しく管理します。CCPの実際の数は製造ラインの性質によって異なりますが、忙しい現場作業の中で幾つものCCPを管理することは現実的ではありません。
CCPは食中毒のリスクを管理するものですので、当然ながら不確定要素があればあるほど増えていくことになります。反対に不確定要素の少ない状況ならば、CCPの数は減り管理を楽にすることができます。


ごく分かりやすい一例として、製造現場は可能な限り外部と遮断されていた方がいいと言うものがあります。そのためには建物の入り口などは二重扉にして風が入り込まないように、扉が常に閉じている状態の方が好ましいです。扉があっても立て付けが悪くなっていて隙間風が入る状態では意味がありません。
逆に屋台のような露店で風雨が入ってくるような状態だと、不確定要素が数えきれないくらいに発生してCCPどころではなくなります。


理屈だけで言えばこの屋台のような状態でもHACCP管理をすることは可能です。しかしとても現実的ではありません。また各国のHACCPやそれに類する衛生管理のガイドライン等では作業所の環境についてどのようなものが好ましいかについての記述がありますので第三者からHACCP認証を得るのはきわめて難しいでしょう。


このようにCCPを設定する以前に定めておく前提条件を、一般的衛生管理基準プログラム(Pre-Requisite Program)と言います。略称はPPあるいはPRPで本エントリーではPPで統一します。
ちなみのCCPではないCPは、このPPによって管理されることになります。

CCPとPPの関係について

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HACCPを運用する際に、一般的衛生管理基準プログラム(PP)がしっかりしていればCCPは最小限に済みます。逆に一般的衛生管理プログラムがずさんだとCCPで管理しなければならない範囲が広がり、現場での運営が難しくなります。

そのため実際にHACCPを始めるときは、PPを先に設計し、その後にCCPを設定することになります。この際、建物などがCCPの負担を減らせるような設計にすることでHACCP運営を容易にすることができるのです。


その意味においてはPPがCCPの範囲を決めると言っても過言ではありません。むろんその前に、危害要因分析をしっかりと行い、何が食中毒のリスクを高めるのかを理解することも重要です。

 

ある程度大きな作業所では、PPとCCPが別の部門によって管理されることもしばしばあります。これは現場オペレーターが実際の作業とCCPの管理に集中できるようにするためです。どのような形で運営されるにせよ、PPとCCPは別に設定、管理されるべきものなのです。


PPとCCPとの違いについてさらに具体的に述べておきます。
PPは仮にその対応を一時的に誤ったとしても即座に安全性の問題にはつながりません。例えば、施設の適切な場所にねずみ取りを設置して定期的に点検するオペレーションはPPに含まれます。この点検を一度忘れてしまったとしても、安全性に重大な問題が発生するとは考えにくいです。
しかしCCPは予め設定した基準を逸脱してしまったらただちに製造ラインを止めて改善措置を取らなければ食中毒のリスクが発生してしまいます。

PPの具体的な要件について簡単に

一般的衛生管理プログラム(PP)は、製造に関わることだけでなく、原材料の選別から顧客からのクレーム処理まで多岐にわたる事例を扱うことができます。そのため、国によって求める内容が微妙に異なっております。

一般的衛生管理プログラムと適正製造基準の関係について

自分でも英語の略語ばかりで少々嫌気が指しているのですがGMPという言葉があります。これは日本語では適正製造基準(Good Manufacturing Practice)といい、製造工程に関する大まかな基準です。PPの主な内容はGMPとなります。それに衛生基準やクレーム処理の仕方などをプラスαしたものが、現在適応されているPPだと考えて良いと思われます。
図解では、PPの概念を世界で最初に開発したカナダの農業食糧省のPPの定義を用い、PPの内容を簡単に紹介しました。なぜカナダのPPを用いるかといえば、カナダではPP=GMPであり、もっとも保守的な基準だからです。

以下、各項目の詳細について簡単に書き出しておきます。

・施設
建物の立地、建物の設計(照明や換気)、氷を含む水回り、廃棄物処理、手洗い場や着替え室、ランチルームなどについて
・輸送保管
入荷、保管、出荷についてについてです。原材料の購入方法について
・設備
機器の条件、メンテナンスなどについて
・個人衛生
個人の衛生、健康及び衛生教育などについて
・衛生・防除
施設の衛生管理の手順、検査の仕方、害虫駆除などについて
・回収プログラム
リコールをしなくてはいけなくなった時の手順について

 

なお、現在カナダはこの6条件に加えてアレルゲンや食品添加物についての使用法や異物混入についての対策などを規定する運用前提条件プログラム(OPRP)を含めた7つの基準でPPを管理しております。(日本で一般的なOPRPとは内容が異なります)

www.inspection.gc.ca

 

PPがしっかりしていれば、CCPに割くコストも少なくて済み、より効率的な運営が可能になるということはお分かりいただけたかと思います。

 まとめ

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この一般的衛生管理プログラム(PP)ですが、実際の検討に入れば、今まで運用してきた衛生管理方法と多くの点で一致するかと思います。

HACCPとはあくまで管理手法であり、実際の衛生管理を指定するものではありません。大切なのは、何を目的としてその衛生管理を実施するかをきちんと把握することです。したがって、よほど衛生に気を使っていない作業所でもない限り、実際の運営で大きな手順変更は起こらないでしょう。ただし、施設要件に関しては残念ながら日本ではルーズな点が多々ありますので、その点は注意が必要です。(食材を置く高さ、壁と厨房機器の距離、ドライフロア等)

また生物的リスク、主に微生物への意識が弱いことも問題です。食中毒の発生件数の9割は微生物にまつわるものであり、雪印の事件でも黄色ブドウ球菌の特徴を知らなかったことが食中毒の引き金となりました。

 

しかし全体として日本の食中毒に関する衛生水準は他国と比較しても際立って優れています。HACCP運用は、書類を揃えるなどのコストはかかりますが、そこまで大変ではないのではないかと予想しております。

たとえば2011年のアメリカでの食中毒による死者数は約3000人なのに対し、日本の死者数は11名と、人口や調査方法の違いでは説明できない差が出ています。(日本の場合2桁になることのほうが珍しい)制度設計では遅れを取っていますが、個々人の衛生意識は高いのです。

 

HACCP取得の意義の一つに欧米への輸出が可能になるという点があります。

日本の食品の安全性の高さは疑いようもなく、大きなアピールポイントとなるでしょう。その意味からも、HACCPはもっと普及されて良いと私は考えています。

HACCPの基本的な考え方

前回のエントリーでは、雪印集団食中毒事件はもしHACCPが導入されていれば起きていなかっただろうという内容を書きました。
そして今回ですが、HACCPの基本的な考え方について解説していく予定です。
まあ今回に限ったことではないのですが、私のHACCPの説明は分かりやすさを重視しており、従来の説明と順序が違ったり、細部を省略したりしております。HACCPをより理解したい場合には厚生省のHPなどでパンフレット等をぜひお読み下さい。

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HACCPとは?

HACCPとは[Hazard Analysis and Critical Control Point]から頭文字を取った略称のことで、日本語では「危害要因分析必須管理点」などと訳されております。個人的にはandの部分をきちんと訳し、「危害要因分析と必須管理点」と分けて説明するほうが意味が伝わるのではないかと思っています。
HACCPとは大きく分けて二つの段階から成る手法です。

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はじめは【危害要因を分析すること】で、次に【工程内で特に大事な箇所について連続的に記録を取りながら管理すること】によってHACCPが成立します。

さっそくこれらの解説に入りたいところですが、その前に、なぜ今までの衛生管理ではなく、HACCPを新たに導入すべきなのかについて説明をしなくてはなりません。

従来の衛生管理の限界

従来の衛生管理は、安全な作業工程を作り、作業所を衛生的な状態にすれば、そこで扱われる製品も安全なものになるという考え方で行われていました。そして完成した製品の一部を抜き取って検査することで安全性を言わば「確率論的に」保証していました。

しかしこの衛生管理の方法には限界があります。生鮮品は状態が一定ではなく、また汚染物質を完全に除去することも不可能なためです。
たとえば前回取り上げた雪印の場合、扱うものが牛乳である以上どうしても黄色ブドウ球菌が混入していることは避けようがありません。さらに生鮮食品は汚染状態が一様ではなく、何かの手違いで汚染物質の量が飛び抜けて高い生鮮食品が作業工程の中に紛れ込んでしまうリスクは絶対に避けられないことなのです。
また工程内で全ての汚染物質を取り除くことも現実的ではありません。黄色ブドウ球菌は摂氏75℃で1分以上加熱すれば殺菌することが出来ますが、それでは牛乳としての風味が損なわれてしまい、食品としての価値が大きく損なわれてしまいます。これでは意味がありません。

このような状況で黄色ブドウ球菌が何かのはずみで増殖させてしまうと(前回の例では停電)、作業所をどれほど衛生的にしていても食中毒の発生を防ぐことができなくなります。
さらに抜き取り検査という安全確認の方法にも限界があります。仮に全体の中に1%に汚染があった場合、その汚染された製品が検査で発見される確率は1%しかありません。また、その検査対象にのみ汚染があったのか、それとも全体が汚染されているかもさらに検査してみないと分かりません。つまり本当に汚染物質が混じっているかどうかを確実に証明できるわけではないんどえす。

もちろん、それを補うために工程をしっかり管理し、作業所内の衛生管理をしっかりとして有害な汚染物質が混入しないように手を尽くすわけですが、どうしても見逃してしまうリスクは存在し続けてしまうのです。

HACCPで何が変わるのか。

それではHACCPの最初の工程HA(危害要因を分析すること)とは具体的にどんな作業をするのでしょうか。
HACCPでは、食品汚染のリスクを【生物的リスク】【化学的リスク】【物理的リスク】の3つに分類して考えます。

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生物的リスク

微生物、ウィルス、寄生虫など、生物学的な食品汚染のリスクです。
特に微生物やウィルスは目で見ることができず、検体から微生物を検出するまでに時間がかかるため、疫学的知識によって汚染を遮断することが重要になります。

化学的リスク

化学物質によって食中毒が引き起こされるリスクです。具体的にはフグ毒や貝毒といった生物由来の毒のほか、食品添加物のように人為的に混入させる物質のリスク、あるいは作業所で使用される洗剤が混入するリスクなども含まれます。

物理的リスク

原料に混じっている小石などがそのままの状態で食品に混入するリスクや、工場内で使用している機械から部品等が誤って混入してしまうリスクです。機械から部品が誤って混入してしまうリスクなどは避けようがないと思いがちですが、定期点検をきちんと行うことや耐用年数を超えて使用しないなど、正しい使用方法を守ることでリスクは最小限に抑えられます。

 

これらからより具体的に汚染物質を特定し、製品を作る上でどのようなリスクがあるかを分析することがHACCP実施の第一歩になります。

CPとCCPについて

危害要因の分析を終えたら、次は実際の工程でどのように管理していくかを検討します。
まずは作業工程の中で危害に影響する工程を特定します。これをCP(Control Point-管理点-)と呼びます。
さらにこのCPの中でも特に健康上、許容できない重大な危険性がある部分のことをCCP(Critical Control Point-必須管理点-)と設定します。

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CCPでは管理基準を設定し、基準を逸脱していないか連続的に状態を監視記録します。この基準は迅速にモニタリングできる温度や時間といった項目で管理します。また管理基準を逸脱した場合を想定した改善措置を予め設定しておきます。
前回、雪印の集団食中毒事件を紹介した時、脱脂乳を加温する工程がCCPになるという説明をいたしました。脱脂乳を加温し続けると黄色ブドウ球菌が増殖してしまいます。食中毒の場合この黄色ブドウ球菌から発生した毒素エンテロトキシンAが特に問題になります。
毒素エンテロトキシンAは耐熱性であり、通常の工程では発生してしまうと除去することはできません。そのため、黄色ブドウ球菌の増殖が増えてしまう工程を特に気をつけて管理する必要があり、脱脂乳を加温する工程はCCPとして設定し、加温時間や温度の管理基準(Critical Limit)を設定し、その範囲を逸脱した場合の改善措置を講じます。改善措置は具体的には製造ラインを止め、脱脂乳を安全に廃棄、機器を洗浄するなどが必要でしょう。

ちなみにその後の殺菌装置を通して黄色ブドウ球菌を殺菌する工程はCPではあってもCCPではありません。黄色ブドウ球菌を死滅させることは衛生上必要な措置ではありますが、前段階でCCPが管理されていれば毒素エンテロトキシンAの発生は許容できる範囲に収まるためです。
とくに強調しておきますが、HACCPでは汚染物質の完全除去ではなく、人体に影響のある範囲まで残存させないことを目標とします。

またこのCCPは管理状況を連続的に記録管理することが求められます。これは安全に管理されていることの証明であるため、長期的に保存しいつでも見られる状態にすることが求められます。

筆者が見た今までの衛生管理とHACCPとの違い

筆者の感想では、今までの衛生管理は周囲の環境を整えることで【リスクの変動を避ける】ことに主眼が置かれていて、リスクそのものに対しては消極的だったと思います。一方でHACCPは【リスクそのもの特定して管理する】という能動的な対応を取ります。そのため、導入当初は大変でも、作業が定着すればより高い安全性が確保できるようになるのだと思います。
勘違いしないでいただきたいのですが、HACCPは従来の衛生管理を否定するものではありません。従来の衛生管理にプラスしてより積極的に関与していく手法だということです。

HACCPの基本的な考え方についてのまとめ

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HACCPとは科学的にリスクを分析し、特に重要な点は連続することで安全を確保する方法です。CCPがしっかりと管理できていれば、汚染物質が食品中に残存している可能性は極めて低いことが科学的に証明されます。これは従来の抜き取り検査とは違い、全ての製品に対して保証が効きます。
これがHACCPが新たに求められるのかの理由となります。

次回はCPと一般的衛生管理プログラム他について説明します。

「雪印集団食中毒事件」はHACCPがあれば防げた

なぜHACCPが必要なのか

今回からHACCPについての図解に挑戦しようとしているのですが、HACCPを理解する上での一番の課題は、誰も言いませんが「用語の難しさ」にあると思います。

ほとんどの用語はHAとかCCPとかアルファベットの略字か、日本語に訳されていても【重要管理点】とかで、正直、私にはピンとこないのです。

それに加えHACCPの解説本も制度設計の解説ばかりで、具体的な実例に乏しく、一般人にはなおさら分かりにくいのではと思います。

 

そこでまずはなぜHACCPを取り入れる必要があるか、それを具体例から紹介することにして説明していきたいと思います。

なお今回は長文になりそうなので、前後編、あるいは3回にエントリーになると思います。

 雪汁集団食中毒事件のあらまし

さて、今回取り上げるのは我が国の食品衛生上の一大事件、雪印集団食中毒事件です。

あの事件でなぜ食中毒は起きてしまったのか、もし当時HACCPが取り入れられていればこの事件は防げたのかどうか、それを説明していきたいと思います。

 

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2000年6月下旬、雪印乳業大阪工場から出荷された「雪印低脂肪乳」を飲んだ子供が嘔吐や下痢の症状を訴えました。

雪印乳業は当初、事態を軽視し製品回収を渋ります。もっともすぐに食中毒を公表し製品を回収することになるのですが、この回収の遅れが原因で約一万四千人に食中毒の被害を広げてしまいました。

食品会社にとって食中毒はもっとも避けるべきものです。リスク管理の観点からも雪印は即座に行動すべきでしたが残念ながらそれが出来ませんでした。

この事件がきっかけて雪印ブランドの信用はどん底まで失墜します。全工場の操業は停止され、雪印製品は種類を問わず全国から撤去されるに至りました。

なお当時の社長、石川哲郎氏はエレベーターの前で寝ずの番で待ち構えていた記者に囲まれ、気が立っていたため「わたしは寝ていないんだよ」と発言してしまい、これがブランドイメージの崩壊の決定打となりました。有名なシーンなので記憶にある方も多いかと思います。

なぜ食中毒は起こったか。

雪印集団食中毒事件はいろいろな意味で時代の転換点として捉えられる重大な事件ですが、このエントリーでは事を食中毒だけに絞っていきます。

 

当初、食中毒の原因は大阪工場の逆流防止弁の洗浄不足が原因とされました。

しかしその後の調査によって、北海道にある大樹工場の脱脂粉乳を製造する過程ですでに汚染が発生していたことが判明しました。

 雪印乳業大樹工場での食中毒汚染原因は、脱脂粉乳の製造過程にありました。

脱脂粉乳の製造工程は、まず牛乳を20~30℃程度に温めて牛乳からクリームを分離し、その後、殺菌装置にかけた上で乾燥させ粉末状の脱脂粉乳を製造するというものです。

 ところが、食中毒汚染が発生した当日は雪の影響で工場が一時的に停電、本来は数分しか加温しないことになっていた脱脂乳(クリームを取り除いた牛乳)が4時間近く放置されてしまっていました。この時に食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌が大量発生したのです。

その後、電力が復旧し操業を再開した時、この脱脂乳について「殺菌装置にかけるのだから大丈夫だろう」という現場判断がなされ、原料を捨てずに製造を続行したため、汚染された脱脂粉乳が製造されてしまったのです。これを原料にして大阪工場は製品を製造したため、食中毒が発生したというわけです。

 なぜ殺菌装置にかけたはずの脱脂乳で汚染物質が発生してしまったのか。

なぜ殺菌装置にかけたのにも関わらず、完成した脱脂粉乳から食中毒が発生してしまったのでしょうか。

それは職員の食中毒への理解不足が原因でした。殺菌装置は加熱によって黄色ブドウ球菌を殺菌するのですが、黄色ブドウ球菌が作り出した毒素エンテロトキシンAは加熱によって破壊することができません。このエンテロトキシンAを人体が摂取することで、激しい吐き気、下痢、腹痛などの食中毒の症状が起きるのです。しかし担当職員にはこの知識がありませんでした。

 当時、製乳業は高度な衛生管理をしているというのが社会一般での認知でした。だからこそ雪印のこの事件は社会に大きなインパクトとなったのです。具体的にこの大樹工場がどの程度の衛生水準だったかまでは分かりませんが、おそらくは標準以上の衛生管理が行われていたことと思われます。それでも事件は起きてしまったのです。

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日本の衛生管理の限界

この事件は雪印という会社だから起きた特殊な事件ではありません。日本の食品衛生のあり方そのものに問題があり、それが最悪のケースとして露出したのがたまたま雪印だったと見るべきです。

もしこのとき雪印の大樹向上にHACCPが導入されていれば、ほぼ間違いなく食中毒は防げていたでしょう。

雪印は別に資金繰りに苦しくて意図的に不正をしたわけではなく衛生管理がずさんであったからでもないからです。たしかに職員の判断ミスはありましたが、そもそも現場の職員に必要以上のリスク管理を求めることが間違いです。

 雪印食中毒事件は防げたか

HACCPの詳しい解説は次回以降にいたしますが、一点だけ。

もし雪印がCCPの概念を理解して実行していたら、まちがいなくこの食中毒事件は防げたことでしょう。

CCPとは「Critical Control Point」の略称で、日本語では重要管理点と訳されます。

これは食品衛生を担保する上でもっとも重要な工程を見つけ、それを管理することなのです。

 雪印のこの事件の場合、食中毒を防ぐために黄色ブドウ球菌を増殖させないことが最重要課題でした。これを危害要因分析と言います。

そのためには生クリームを分離するための加温は必要最低限に抑えることが重要になります。なぜならいったん黄色ブドウ球菌が増殖してしまうと、発生した毒素エンテロトキシンAを取り除くことが後の工程でできないからです。

したがって加温の工程は間違いなくCCP(重要管理点)となります。

1、生クリーム分離のための加温の工程で「25±3℃の温度で、2~3分の間加熱する(数字は仮定)」といった内容を取り決め、実施内容は常に記録する。

2、それが何らかの要因で達成できなかった場合はすみやかに製造ラインを止めて、原料を廃棄、機器を洗浄する。

 といった取り決めをしておけば、この作業工程内で食中毒の原因が発生する可能性はほぼゼロにすることが可能です。そしてこれは決して難易度の高い作業はありません。

 HACCPの実施は難しくない

新しい概念だけに、HACCPは煩雑で難解な技術なのではないかという誤解があります。たしかにHACCPに面倒くさい部分があることは事実です。また、リスクの概念に生物学的知識や化学的知識が必要になることもあり、一般人だけでHACCPを導入するというのは難しい場合もあるかとは思います。

ですがHACCPのもっとも重要な点は「何が食品衛生にとって問題になるのかを分析し、それを防ぐには工程のどこを管理すればよいかを検討する」だけのことであり、当たり前のことを当たり前にやるだけ、とも表現できます。

たとえば4時間温めた牛乳が食用にするのは論外だと一般人でも分かります。

そこに科学的な裏付けをし防止策を施すのがHACCPです。けっして難しい概念ではないのです。

 

続きます。

 注記

なお今回例として採用した雪印乳業についてですが、この事件の後、徹底した衛生管理に取り組み、「雪印メグミルク株式会社」として信頼を回復し現在に至っております。

あくまで二十年近く前の雪印乳業で何が起きたのかの解説なので、その点を誤解なきようにお願い致します。

 さらに余談

ちなみに雪印乳業の大阪工場は【総合衛生管理製造過程】の認証を得ていたにも食中毒事故が発生してしまったため、この件がきっかけで【総合衛生管理製造過程】の見直しの契機となりました。

この【総合衛生管理製造過程】とは、HACCPと品質管理を合わせたような複雑な制度でして当時としては先端の品質管理制度でした。ただしとても複雑な制度であり、運営する側もきちんと理解実施するのが難しかったため、現在ではこの制度に対する評価は低いものとなっております。

そのせいかHACCPの解説本には必ず、「【総合衛生管理製造過程】とは違って難しいものではない」という断り書きが入れられるほどです。HACCP発祥の地であるアメリカでも同様の失敗があったと仄聞しますが、HACCPは安全のみを取扱い品質は別に管理するものなのだということは覚えておくべきかもしれません。

豊洲市場を売ってワクワクするらしい駒崎弘樹氏へ。反論お待ちしております

豊洲市場売却するとワクワクする日本になる?

認定NPOフローレンス代表理事駒崎弘樹さんが豊洲を売って奨学金の原資にしようという記事がありました。

news.yahoo.co.jp

ご本人も「昨今の豊洲問題のぐちゃぐちゃについては、よく分かりません。」と仰っているくらいにこの問題に興味が無いそうです。とすれば、いわゆる炎上商法というやつなのでしょうね。

 

本来まったくの無関係でありながら、半年ほどこの問題に関わっている筆者から見ても駒崎氏のこの記事は怒りが湧くものであり、移転問題の当事者の胸中は察するに余りあります。なぜ責任ある立場の人がこのような記事を上げたのか理解できません。

 

駒崎さんの論を簡単にまとめると「卸売市場というビジネスモデルが微妙になってきているので、豊洲市場を売って給付型の奨学金の原資にしよう」という主張なのですが、
まずは主だった点について反論します。

 卸売市場というビジネスモデルは壊れているか?

これは豊洲市場に否定的なITコンサルタントの永江一石氏のブログが論拠のようです。
確かに彼の指摘するように確かに卸売市場での取扱量は年々減ってきています。しかし、それを根拠にして彼の主張する卸売市場不要論が成り立つかというと、それは勉強不足としか言いようがありません。

まず彼の指摘する冷凍品の取扱の減少ですが、そもそも日本の中央卸売市場制度は生鮮食品の流通のため、大正時代に誕生したものです。劣化しやすい生鮮品を効率的に供給するための制度ですので、元より冷凍品のような長期保存が出来て供給調整のしやすい食品流通は得意としておりません。

 

冷凍品は倉庫に一定期間保存できますので、工業製品のように安定した供給調整が可能であり、物流機能さえあれば卸売市場がなくともあまり問題がありません。冷凍品の場外流通が増え続けているというのは、このような市場の性質によるものです。「卸売市場の最大のライバルはニチレイ、マルハだ」などという話はこの種の議論では通説です。

 

しかし、野菜にしろ魚にしろ、産地、価値、収穫量が安定しない生鮮品を効率よく分配するためには売りたい人と買いたい人が卸売市場で集まって取引するやり方のほうが適しています。ゆくゆくはインターネットを通じた取引も可能になるかとは思いますが、現状そこまでには至っておりません。卸売市場というビジネスモデルが壊れているというならば、では現状の生鮮食料品の流通はどうするのかを合わせて語らなければ片手落ちです。今すぐに卸売市場は無くせないのです。

 

さらに築地に限って言えば、この市場は東京都の基幹市場として設定されており、他の市場へ商品を転送する機能も期待されています。
築地には全国から水産物が扱いきれないほどの量が送られてきます。他方、地方はそれらの商品を手に入れるのが難しいため、築地から商品を転送することで他の市場が成り立っているという側面があります。
誤解を恐れずに言えば、地方で生魚が安定して買えるのは築地のおかげなのです。

なぜ豊洲があれほど巨大な市場になったのかと言えば、この転送機能を強化するためでもあり、あの市場は関東一帯の物流拠点であるわけです。
巨大な冷蔵庫が必要なのも、転送する際に生じる商品の劣化を防ぐためでもあります。ちなみに築地では野ざらしで、管理が行き届いているとは到底いい難い。もしも取扱高が減っているからという理由だけで築地あるいは豊洲を縮小するとなると、困るのは他の地方市場なのです。市場を縮小しろという主張する人はなぜかいつもこのあたりの事情を考慮に入れていないので不思議に思っています。都のHPにも載っておりますが。

 

ぜひ再考いただきたいのですが、本当に卸売市場というビジネスモデルが壊れているのでしょうか。衰退しかけているからと言って失ってしまってよいものなのでしょうか。この卸売市場に支えられているのはなにも内部の業者だけではないのです。生産者や小売業者も中小になればなるほど市場への依存は高まります。

卸売市場は社会のインフラなのです。

 

余談ですが、駒崎氏もよく知らない業界を「明るい将来があるようにも思われません」と簡単に言ってしまうのは軽薄なご発言ではないでしょうか。私がよく知らない駒崎氏を「明るい将来があるようにも思われません」と言ったら失礼ですよね。

4370億円の売却益

そもそもこの数字はでたらめです。これは市場問題プロジェクトチームの小島座長が出した私案での数字であり、公的な積算根拠はなく楽観的な数字でしかありません。この私案はひどすぎるので解説する気にもなりません。
さらに問題なのは、豊洲の土地は本来、東京ガスが自身の再開発計画を泣く泣く諦めて都に売ったという経緯がある点です。
都は公益性を盾に半ば無理やり東京ガスから豊洲の土地を買ったわけですが、それを売却するのは控えめに言って地上げ行為のようです。そんなことが許されれば、今後、東京都の都市開発に協力しようという企業は金輪際現れないという点でも売却は有りえません。都政が停滞します。

 

やや本旨とは外れますが、私は豊洲市場に入場したただ一人の一般人でして、豊洲市場がいかに丹精込めて作られているかを実際に目の当たりにしております。豊洲市場は多くの人々が苦労して作りあげたものであり、それを軽々しく売るなどと言うのはどのような理由であっても到底許容できません。

この点、なぜ駒崎氏が豊洲市場を軽んじるような発言をしたのか、詳しい説明を求めたいところです。

東京とよす奨学金について

この辺りは専門ではありませんし、仮定の話をしても意味はないと思うのですが、どうにも納得行かないので続けます。
駒崎氏はこの都民にとって大事な資産である豊洲市場の売却益を給付型の奨学金にするという案を披瀝しておられます。太っ腹ですね。所詮他人の金ですものね、という感想しか湧きません。


豊洲市場に係る資金は市場会計と言って、厳密に言えば東京都の自由にできるお金ではありません。あくまで東京にある11の市場のためのお金です。ですからそれを教育目的に使用することそれ自体がありえない話ですが、どのような根拠があってのことか、ご反論をぜひ伺いたく存じます。

 

さらには、この奨学金の給付の仕方に疑問を覚えます。
まず、対象が貧困層に限られているということです。確かに貧困層の少年少女に就学の機会を与えるのは重要なことです。しかし全都民の財産を売ったお金を一部の属性の人々のみに給付することは不平等と言わざるを得ません。そもそもその線引きは誰が決めるのですか。

 

また駒崎氏は「11年間もの間、大学や専門学校等への進学を望む、貧困層の子供たち全員に給付型奨学金を提供し、大学授業料無償化を達成できる」と仰っていますが、逆に言えばたった11年しか保たない奨学金であり、特定の年代の子供しか利益を享受できないという意味で二重に不平等です。


確かに就学機会のない貧困層の中にはきちんとした教育を受けられれば成功する子供が一定確率いると思いますが、これも裏を返せばいくらお金を与えても無駄な子供も一定数いるということでもあり、公金である以上、効果の薄い投資をするのはいかがなものと思います。

こういう政策を「考えなしのバラマキ」と言うのではないでしょうか。どのような制度設計でこのような奨学金を企画したのか、責任ある説明を求めたいと思います。

安全なところから石を投げるな

豊洲市場が運営されれば、豊洲市場を利用する水産事業者の子供や孫へ富の再分配がなされることは疑いようもありません。結果的には地方の子供たちの就学機会が高まり、たった11年のバラマキよりもメリットがあるはずです。

また豊洲市場を建てた建築関係者にも子供が居るはずで、公共事業としては、11年の無差別給付金よりも筋の通った社会投資のあり方といえるのではないでしょうか。

 

駒崎氏の主張は、公共の財産をあぶく銭に変えるという類のものであり、私には到底許容できません。冒頭でも申し上げた通り、おそらく駒崎氏は炎上目的で、よく知りもしない問題にあえて無茶なことを書いたのではないかと思います。そもそもその点が私には許容し難い。


「炎上目的で一石を投じる」という言葉は大変に聞こえが良いですが、実際のところは「炎上目的だから」という言い訳を使って、安全なところから石を投げているに過ぎません。どんなに責められても発言した側の自らの虚栄心は満足できます。これを偽善と言います。それも己一人の満足しか満たない下等な偽善です。

 

一方で失っているものがあることも自覚していただきたい。
それは駒崎氏の周囲の人々の信頼です。ご本人は確信犯的に発言をなさっているようなのでどんな報いがあっても満足でしょうが、駒崎氏の周囲にいる方々は、何もやっていなくても同類として見られます。

昨今のSNS上での学生のバイト先での振る舞いが炎上するのが好例ですが、ネット上の炎上というのは、周囲の信頼を燃料にして燃え盛るものです。

今回の発言は、駒崎氏が主催するNPOフローレンスに務める方々をはじめ、他の活動で一緒に活動している方々の信頼をも失う行為です。責任ある組織の代表としてふさわしい態度とは到底思えません。

 

たとえば私も子どもの貧困問題には関心がありますが、もし興味を持った団体に駒崎の名前があったときは関わるのはよそうと思う程度には駒崎氏を警戒することにしました。意図的な炎上に巻き込まれるのはごめんだからです。多くの人が私と同じことを考えれば、本来の目的であろう子どもの貧困の問題解決すら容易に進まなくなるでしょう。本当にそれで良いのでしょうか。

駒崎氏の反論お待ちしております

まとめといたしまして、今回の駒崎氏の記事は、築地移転問題に関わった多くの人々を傷つけ、また本来の目的であろう子どもの貧困の解決にも結びつかない大変な悪手だというのが私の意見です。

 

駒崎氏からはぜひ反論をいただきたいと思います。

もっと端的にいうならば「発言した以上逃げるなよ」ということです。

全国の人々に問いたい。本当に豊洲市場では"不安"ですか?

いきなり恐縮ですが、ただの一民間人である筆者ですが、幸運にも都議会自民党豊洲市場視察に同行させていただくことができました。都議会自民党の皆様、本当にありがとうございました。

news.tbs.co.jp

 

この視察には、以前から豊洲問題を熱心に取材してくださっている有本香氏も同行しておられました。いずれその様子が虎ノ門ニュースで放映されるかと思いますので、まとまった質の高い情報をお求めの方はぜひご覧ください。

www.dhctheater.com

 

さて、本題に入る前にぜひこの記事をご覧の皆様に考えていただきたいことがあります。

それは「本当に豊洲市場では”不安”ですか?」ということです。

豊洲市場地下の土壌の安全性は、専門家会議で明らかにされております。また耐震性も知事自らが検査済証を発行していることが明らかになり、一定の安心は担保されました。

小池知事が「消費者が合理的な考え方をしてくれるのか、クエスチョンマーク(疑問)だ」と述べるなど安全だけれども安心ではないという風潮が出回っているように思われます。

 しかし私は、今回の取材で私は豊洲市場が衛生面に対していかに妥当な配慮をしているかを実感いたしました。

私は建築の知識はありませんし、水産流通のことにも素人です。大学で流通論や食品衛生を多少学んだ程度の人間です。むろん、市場の方の解説は十分に伺いましたが何か勘違いがあるかもしれない。

ただ、そういう人間でもわかるほど、豊洲はきっちりと衛生管理に気を配っているのが見て取れました。安全かどうかを専門的に判断することはできなくても、十分にこの施設を作った人たちを信頼することができました。

今回は私が取材で撮影してきた写真を、実際の流通の順番でお見せしながらなぜ私がそこに注目したのかを合わせて解説し、豊洲に対する読者の不安解消の一助になれればと思います。ぜご覧ください。

7街区(水産卸売場棟)

 

 入荷バース

 

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全国から集められた水産物は、まず7街区にある水産卸売棟に運ばれます。ここは入荷のためにトラックを付けるバースというエリアです。ちなみに中央に見えるのは有明にあるユニクロの配送センター。この土地がユニクロが流通の拠点に選ぶほど流通に適した土地であるという証拠でもあります。 

エアーカーテンのダクト 

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納入口は3重のシェルターがあり、その一番外側はエアーカーテンといって風を下方に吹き付けることで内部の空気を逃がさないようにし、外からの土埃や虫などの侵入を防げるようになっております。冷蔵トラックから10.5度の室内へ、冷たいまま商品を運ぶことで鮮度と衛生を保つことができるのです。

低温を保ったまま輸送することをコールドチェーンと言います。築地を通した流通ではこのコールドチェーンが保てないのが大きな課題でした。

マグロセリ場

 

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入荷した水産物はセリ場と呼ばれる場所で取引されます。ここはマグロのセリ場です。他にもう一つセリ場がありますが役割は一緒です。

写真は見学場から撮影したもので、ご覧の通り、卸売場と見学場が完全に仕切られていません。実際に見学の際は、10.5度の室温と、働く人々の声を生で感じられるようになっております。

柱のアール加工

 

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マグロのセリ場の柱の根本です。床と接する部分が直角ではなく曲面になっています。これはアール加工といって、角に雑菌の温床となりやすい汚れやほこりを溜めにくくするための構造です。ただ余分に技術がかかりますから費用もかさみます。それだけ衛生面に気を配っている証拠です。

連絡通路

 

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仲卸業者が6街区(水産仲卸売場棟)へ商品を運ぶための通路です。ターレがすれ違う余裕も十分あります。右手奥には歩行者用の通路も見えており車歩分離もしっかりなされています。

東京都のHPにも同様の写真があって勘違いされやすいのですが、この通路、実は1本ではありません。

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このように3本あるんですね。同様の連絡通路が合計4か所あるそうです。

転配送センター

6街区に移る前にもう一か所。

卸にある商品は全て内部の仲卸によって買われるわけではありません。

集荷力の高い築地では、商品が他の市場に転送される場合も多くあり、それは豊洲でも変わりません。築地ではこれらの商品の多くは野ざらしにされておりましたが、豊洲では屋内で保管できるため、より鮮度が高い状態で他の市場に出荷することが可能になります。築地から豊洲へ移転する大きな意義の一つです。

 

転送される場合は、垂直運搬機(エレベーター)やスロープを使って4階にある転配送センターに運ばれます。

転配送センターにはフォークリフトが置かれていました。

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転配送センターではドックシェルターと呼ばれる搬出口からトラックに直接荷付けできます。そのためのフォークリフトです。

築地では、トラックの荷台から一度垂直に荷物を上げ下ろししなくてはいけない場合が多かったのですが、豊洲では水平移動するだけで荷物を移動させることができます。これだけでも大変な効率化となるのです。

6街区(水産仲卸売場棟)

 卸から商品を仕入れた仲卸は自分の店に持ち帰り、商品を小分けにするなど売りやすい形にして、魚屋や寿司屋などの業者に販売します。

一般的な仲卸店舗

 

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有本さんから取材を受ける仲卸業者の生田よしかつ氏。マグロ屋さんなので大きな冷蔵庫が2つもあります。この広さが1小間といって標準的な仲卸業者の面積です。人がたくさんいるので広さが想像しやすいのではないでしょうか。マグロが切れないというのはデマだということもはっきりとわかります。

半小間店舗

 

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ちなみにこれが半小間。一部の業者はこういう形態での入居です。たしかに横幅はマンガ喫茶並ではありますが、乾物などのお店はこれで十分だったりするためです。

壁の仕切りと床の接する部分がきちんとアール加工してあるのにもご注目ください。

排水溝はこんな感じ

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排水溝はなんとステンレス製でした。今回一番びっくりしたポイントです。

カビなどが生えずにとても衛生的ですが、この広い敷地のすべてがこの状態だと幾らかかったんだろうなと別の意味でも驚きました。

ちなみに溝の大きさは大人の手がすっぽり入るくらい。

築地の排水溝よりは小さいですが、そもそも豊洲は床を可能な限り乾いた状態にするドライフロアで運営される予定ですし、排水能力に問題はなさそうです。

衛生のための必需品、手洗器

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仲卸の店舗にある手洗器です。これは備え付け。各店舗にあります。

写真ではちょっと分かりにくいですが、身長180センチ弱の私の腕が肘までがすっぽり入ります。これはとても重要なことでして、食品を扱う場合はきちんと肘から爪の先までしっかり洗うことが大事なのです。

ちなみに場内への出入り口には専用の手洗いスペースが設けられています。

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4階の出荷場。

f:id:zukaiseiri:20170321231212j:plainまた垂直搬送機やスロープなどで4階に上がると一般の業者が商品を積み込むスペースです。見た目はデパートの駐車場に似ています。そして振り返ると

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やはりドッグシェルターになっており、水平に積み込みが可能でした。

ここから都内の魚屋や寿司屋、あるいは他の水産業者に商品が出荷されます。

 

豊洲では、以上の作業工程がすべて屋内でできます。

先ほどの生田氏は「雨にぬれずに作業ができる。こんな施設を遊ばせておくなんて、なんてもったいない」とおっしゃっていました。まったくその通りだと強く同意いたします。

 

最後に全体の地図を見てください。

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7街区から6街区まで、商品が一方通行に流れていることが分かります。

これは万が一汚染された商品が市場内に混入してしまったとしても、他の商品との接触を最小限に減らして汚染の拡大を防ぐとともに、混入経路の特定を容易にするための設計です。

  豊洲市場はけれん味のない建物

 写真で取り上げた豊洲市場の工夫は、実は一つ一つはけっして目新しいものではありません。悪く言えば使い古された、良く言えば信頼性の高い設計です。

豊洲市場は、けれん味はなくとも、一つ一つ安全性を重視した丁寧な造りの建物なのです。コストはかかっていますが食の安全を求めるために万全を期したことが分かります。

 ここで最初の問いに戻ります。

 

まだ「本当に豊洲市場では”不安”ですか?」

 

あえて詳しくは書きませんが、築地市場では豊洲でなされたこられの工夫は一切ありません。築80年超の建物には到底求められないことばかりなのです。

冒頭に申し上げた通り、豊洲市場は科学的には安全だが、消費者の安心への信頼は得られていない、というような趣旨の言葉が小池知事から出ました。

しかし、これらの一つ一つの丁寧な仕事を見ても、本当に豊洲市場は信頼できないのでしょうか、安全が守られないと判断されてしまうのでしょうか。

どうか、実物を見てご判断いただければと思います。  

番外編  

  マグロセリ場にあるトイレ

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おそらくここを取材する方は金輪際現れないと思います。

ただ衛生を語るうえでトイレは非常に重要な要素でして、ご覧の通り、一切何にも触れずに手を洗うことのできるハンズフリーの設計です。

エアータオルも手洗い台より設置され、飛沫が飛ばないように工夫されています。

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そして出入り口の消毒槽は広くまたぎ越せないようになっています。築地のトイレにも消毒槽はありますが、かんたんにまたぎ越せてしまうんですよね。

実際にはこの上にまた何か設置するらしいのですが、こんな細かいところもしっかりと対応してあるのです。

 

石原都知事の会見内容は無責任とは程遠い

3月3日、石原慎太郎氏が豊洲問題についての会見を行いました。

豊洲問題を追ってきた筆者からみると、会見後の質問には不勉強な点が目立ち、あまつさえ石原氏を悪者に仕立てようする残念な者すらおり、日本記者クラブという名の会場にふさわしい会見であったかどうかは甚だ疑問です。

 その後の報道も石原氏に対する評価は芳しいものではなく、この問題に関心を持つ一般市民に石原氏の発言がきちんと届いていないのではないかと危惧します。そこで石原氏の発言のうち豊洲移転に関する部分についての主旨を図解してみました。

石原氏の言う行政の作為とは?

まず石原氏の冒頭の発言で以下のようなものがあります。

行政の責任というものは2つ種類があると思います。それはですね、作為に対する責任。それからもう1つは不作為にする責任です。

このうち、「作為」とは石原氏が知事時代に裁可した豊洲用地取得に関することであり、対して「不作為」とは豊洲問題に対する小池知事の対応のことを指すのでしょう。

では、石原氏の作為とは何のことなのか。これが今回の図解のテーマです。

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石原氏は豊洲用地の取得に必ずしも前向きではなかった。

まず石原氏は、知事就任前からすでに都庁内で「豊洲用地取得が既定路線」であったことを指摘しています。

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1986年、大井市場(現大田市場)への移転が築地の内部業者の反発などから取りやめとなり、築地再整備の方針が決定されました。これに従い、都は厚生会館を退けるなどの苦心の工事で工事用の種地を確保し、築地の再整備に乗り出します。

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 当ブログの読者はよくご存知でしょうが、この再整備は400億円を投じながら失敗に終わります。特に問題となったのは営業をしながらの工事が大変に難しかったことで、工事車両と商品を運ぶトラックとで動線が大混乱してしまったのです。

結局、築地の再整備は頓挫し、業界6団体による臨海部への移転の可能性への調査・検討の要望が出されます。この頃から築地移転計画が本格的に検討され始めます。

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そして1999年に石原慎太郎氏が東京都都知事に就任するのです。

会見で石原氏が豊洲移転は既定路線であったという表現をしていますが、このように石原氏が知事に就任したときには確かに豊洲などの臨海部への移転はかなり具体的に検討され、石原氏が多摩地区への移転案を出しても検討されなかったという主張は十分な説得力を持つことが分かります。

石原氏にとって豊洲問題は前任者からの引き継ぎという色合いが濃い仕事であり、関わり方が淡白なものであっても無理もないことかと思います。時系列を整理すると、豊洲用地取得に石原氏の積極的な関与があったとは到底考えられないのです。

みんなで知恵を出して、力を出して、決めている

だからといって石原氏が豊洲用地取得に対して無責任であったかというと、けっしてそうではありません。政策に対する熱意の量と責任の有無は分けて考えるべき問題です。

知事の責任とは築地移転問題を解決することであり、結果を見れば石原氏は豊洲用地を取得し移転問題に道筋をつけているわけですから、十分に責任を果たしているといえます。

また、その結果に至る過程も、文句のつけようがありません。石原氏はこのように発言しています。

こういった問題を司々で、みんなで知恵を出して、力を出して決めていることで。その総意として上がってきたものに対して私たちはそれを認可したということですから。

つまり石原氏は独断で豊洲問題を決定したわけではなく、様々な関係部署に調査させ、用地取得が適正かどうかを諮問し、議会に承認してもらい、東京都の最終責任者として用地取得を実行したわけです。無責任とは程遠い対応だと思います。むしろ専門家にも諮らず、議会の承認も得ずに実行するほうがよほど無責任ではないでしょうか。

意思決定にあたって重要な3つの諮問機関を、会見の冒頭で石原氏が挙げた順に確認していきます。

・審議会

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これは会見中にもあった東京都財産価格審議会のことを指した言葉だと思われます。

豊洲の用地取得に関し、石原氏が取得価格を不正に操作することは不可能です。なぜならば、2億円以上の取引に関しては、この東京都財産価格審議会が適正価格を審議して決めているからです。

当然、委員は外部の専門家が選出されており知事が関与することは不可能です。この件については石原氏の右腕であった浜渦武生氏も同様の内容を発言しています。

・専門会

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これは、会見の内容からして「豊洲市場における土壌汚染対策等に関する専門家会議」を指していると思われます。石原氏はこの専門家会議から土壌汚染は日本の技術で処理可能という報告を受けており、同内容を築地の内部業者に移転をお願いする手紙の中でも同じ表現を使うなど、移転判断の重要な根拠としてしています。

・議会

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仮に石原氏が強い独断で豊洲の用地買収を決定したとしても、都議会が承認を与えなければ実行に移すことはできません。都議会は独自の調査権限を持っており、石原氏(というよりも都庁)の作成した用地買収案を精査することができます。

築地移転に関する議会の動きは複雑で、きわどい部分も多くありましたが、結果だけを取り出せば、豊洲移転は決定され用地買収も議会で正式に承認されております。民主主義の手続きに則ったやり方で石原氏は豊洲移転を決定しているのです。

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石原氏はきちんと様々な専門家や権限を持つ議会に対して用地取得の是非を確認しているのです。石原氏は多くの人々が正しい順序を踏んで承認した案を石原氏が最終責任者として裁可しているにすぎません。

豊洲移転という重要事項は当時の東京都の関係者全員で話し合って決められたことなのです。

石原氏は「みんなで知恵を出して、力を出して、決めている」という発言をしてします。その結果を石原氏は政治家として、政治判断したわけです。石原氏の責任は最終責任者としての責任であり、それはきちんと果たされているのです。

この仕組みに疑問を持つということは民主主義の否定でしかありません。

石原氏の言う政治の作為とは何か。

石原氏の言う政治の作為とは何か。それは手続きに則り、衆議に諮り、受け取った結果を元に決断することであり、会見で石原氏はその具体的な内容を語ったに過ぎません。

とはいえ新しい情報が出てきたわけではないですから、確かにその点は残念な会見でした。

この会見で分かったことがあるとすればただ一つ。

毎週金曜日はジャーナリストの定休日なのだろうということぐらいです。

 

築地移転を都議選の争点にするの、やめたほうがよくないですか?~都庁会見から築地移転を追ってみた~

築地移転問題が今年の夏の東京都議選の争点になるともっぱらの評判です。多少なりともこの問題に関わっている身としては、いまさら何を争点にするのだろうかという気持ちしかありません。

豊洲市場の問題は複数の論点が入り混じっており、一見複雑そうに見えますが、一つ一つの問題はほとんど決着がついているか、大方たいした問題も起きずに終了となることが予想される事柄ばかりだからです。

築地市場の問題点もようやく報道されるようになりましたし、そもそも築地を再整備をする財源もありません。これらの問題を大切な選挙の争点にしたところで得られるものがあまりに少ない。

 移転を延期した3+1の論点

 

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小池知事が築地移転延期を発表したのは8月31日の記者会見においてでした。この会見で小池知事は移転延期の理由を以下の3点としています。

・安全性への懸念

・巨額かつ不透明な費用の増大

・情報公開の不足

その後、様々な報道によって豊洲市場の問題は混迷を極めたように見えます。しかし知事の視点から見れば、3つの論点から始まり、後に1つ加わって、合計4つの論点があることが分かります。まずはその一つ一つを論点を時間軸で追って確認してみましょう。

安全性の問題

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・土壌問題

安全性の問題は主に「土壌に関する問題」と「耐震に関する問題」が論点となってきました。

まず土壌問題ですが、豊洲市場の延期の一番の理由として真っ先に挙げられたのが地下汚染水のモニタリングが完了していないという点でした。

本来、この調査は市場の安全性とはほとんど関係のないモニタリングであり、これを理由に延期を決定するのは論理的とは言えない判断でした。しかし当時は特に反発もなくすんなりと受け入れられました。今にして思えば、この頃の豊洲問題は比較的地味な話題で注目も少なかったと思われます。当時の本命はオリンピック問題でした。

小池知事はこの問題を検証するために、改めて「専門家会議」を招集します。

その後、地下の土壌汚染浄化が上手く行っていないのではないかと思わせる情報も出てきました。10月28日に一部のポイントで環境基準を上回る数値の汚染物質が検出されたこと、1月20日に異常な数値の上昇が観測されたことが知事の会見で報告されています。

・地下水の汚染は食の安全性に問題があるか

では地下水問題が深刻化しているのかというと、実はそうではありません。

この「異常な数値の上昇」が発表された第4回専門家会議において、すでに委員から安全性が確保されている発言があるのです。その趣旨をまとめると「地上と地下の問題については分けるべきで、かつ地上部分は安全」という発言を専門委員が述べています。そもそも地下水はほとんど食品に影響することはないのです。今後も移転が不可能になるような土壌問題が発生する可能性は低いことが十分に予想できます。

・耐震問題

もう一つ、安全性に関わる具体的な問題は、耐震性の問題を中心にした豊洲市場の建物に欠陥があるのではないかという指摘でした。

当時、一級建築士の高野一樹氏(HN名ペコちゃんdēmagōgos)が豊洲市場の耐震問題について疑問を呈しており、週刊誌などにも取り上げられて話題となっておりました。

それ以外にも建築エコノミストの森山高至氏がテレビを中心に豊洲市場の構造的な欠陥を指摘し続けており(その全てはデタラメでしたが)、豊洲市場の建物についての不安なイメージが広がっていました。

小池知事は市場問題プロジェクトチームを立ち上げ、この豊洲市場の建物としての安全性やその他の問題について再検討しはじめます。

第2回の市場問題プロジェクトチームでは先述の高野氏を招いて豊洲市場の設計を担当した日建建設との直接議論が行われました。この議論で日建建設の反論に対して高野氏が有効な反駁をすることができずに終わります。

最終的にはプロジェクトチームの一員であり日本建築構造技術者協会会長の森高英夫氏が日建の設計に問題ない旨を発言し、ひとまずはこの問題は収束しました。ちなみにその後も高野氏は豊洲市場の安全性について疑問視する立場を崩してはいません。

・耐震問題は知事自身で決着をつけている

今回の記事では高野氏と日建設計のどちらの主張が正しいのかという点については考慮しません。ひとまずの安全確認は済んだのであり、専門家による安全性の担保は確保された以上、それ以上の議論は専門家の間でなされればよい話です。

ただ、これを選挙の争点にするとおかしな話になるのです。

実はすでに12月28日に東京都の建築主事によって豊洲市場の検査済証が発行されているのです。建築主事の役割をごく単純に表現するならば「設計図通りに建築されているかどうかを確認すること」であり、建築物の安全の最終確認者といえます。都の建築主事による検査済証ですから、小池知事がこの検査に疑義を差し挟むのは自己矛盾です。また建築主事の信頼性そのものを問うならば、都の建築主事が関わった建物全てを再検査しなくてはいけないことになります。現実的にはありえない話です。

したがって耐震問題はすでに終わった事柄でなくてはならず、問題を蒸し返すのにはよほどの事件が発覚しなければ難しいと言わざるを得ません。

費用について

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小池知事は移転延期に費用の増大を挙げました。しかし費用の増大と移転延期に直接の因果関係はありません。当初からこの費用の問題は筋が悪い問題でした。

さらにこの問題はしばらくの間は進展もありませんでした。当時の報道などでは「都議会のドン」と呼ばれた内田茂都議が不正に関わっているのではないかなどとも報じられましたが、そのような不正は現在まで見つかっておりません。

そもそも豊洲市場の建築費用高騰の背景には東日本大震災が挙げられます。あの震災により建築資材が高騰は合理的に説明がついてしまうためか費用の増大の話題はしばらく絶えます。

変化があったのは9月23日の記者会見です。豊洲移転に関して石原慎太郎元都知事に直接ヒアリングする可能性について記者から質問がありました。小池知事はこれについて可能性を否定しませんでした。

ここから費用問題は、用地買収に絡んで石原氏が何かを隠しているのではないかというようなニュアンスを伺わせるようになります。もっとも、その後の石原氏との文書のやり取りなども新しい情報は出てこず、調査ははかばかしくありませんでした。

・訴訟代理人の見直しは悪手

翌年1月20日、小池知事は石原氏に対して市民団体から挙げられていた「豊洲市場用地売買契約に係る住民訴訟」の東京都側の訴訟代理人の見直しを行うという発表をします。

しかし、これで何か新しい事実が判明するのかといえば甚だ疑問です。

すでに石原氏は何でも話すと応戦の構えを見せており、当時の右腕だった浜渦氏もテレビの生放送で疑惑とされてきた問題を洗いざらい話しています。彼らにとって豊洲市場の問題は痛くもない腹を探られているだけという雰囲気なのです。したがって今後これが汚職事件につながる可能性は極めて薄いと言わざるを得ません。

情報公開について

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情報公開も当初の期待とは違った流れになりました。

そもそも豊洲の資料は読みきれないほど膨大な量が公開されています。小池知事もある程度このことには言及しており、むしろ読みにくいことのほうが問題でした。その後も豊洲市場の問題について隠された資料といった類の資料は発表されていません。

変化があったのは9月10日に小池知事が緊急記者会見を開いたときです。「都庁の説明ではあったはずの盛り土がなかったこと」が大変な問題として公表されました。

ここから情報公開は「盛り土をしないことを決めたのは誰か」という問題へとシフトしていきます。小池知事は都庁の職員に自己調査を命じ、その結果に不満だったため、さらに厳しい調査を行い、最終的には当時の市場長を含む職員を懲戒処分にします。その処分の是非はともかくとして、それ以降、情報公開について新たな発表はなされなくなりました。

情報公開という論点はほぼ忘れ去られてしまっているのが現状です。

 安心の問題

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 一方で、小池知事の発言から火種が大きくなってしまった問題もあります。安心の問題です。

豊洲市場の安全性は、その後の専門家会議や市場問題プロジェクトチームによって証明されていきます。小池知事は何度か「科学的な判断に基づいて」という趣旨の発言をするのですが、一方で安全だけれども安心ではないという趣旨の発言もしています。

まず最初にこの問題が確認できるのは、9月23日の記者の質問に対する答えからです。当時、Twitter上で橋下徹氏が地下水モニタリングへの対応について小池知事の行動に疑問を投げかけておりました。そのことを問う記者に対し、小池知事はこのように回答しています。

地下水を飲むわけではないという話ですけれども、これは総合的な話でございまして、地下水の汚染ということがどれほど生活者にとって影響を与えるのか、食の安全に対して疑問を抱かせるのかという、そのような感性ということが必要なのではないか

 「感性」という言葉はそれぞれの内心にしか存在せず、基準もないあやふやな尺度です。

むろん知事の発言の前からこのような安心の問題がなかったわけではありません。しかし知事はこの問題の当事者であり、安全性を証明し、都民に対して安心を与えなくてはならない責任者です。その知事が「感性」という非科学的な発言をしてしまったことで、豊洲市場に対しての際限のない安心への要求を述べることが公的に認められてしまったのです。これは失言と言わざるを得ません。

 11月18日には知事により豊洲問題の今後の全体の流れ(スキーム)の発表があり、その際に知事は「豊洲問題は大きな課題」とまで発言するに至りました。これもおかしな発言です。

築地移転は本来実務的な作業であり、科学的に安全性を確認できればそれで事足りる問題です。都政のスケールからすれば単純な部類に属す問題でしょう。「大きな課題」という表現に至るまで大きくしてしまったのは、「安心の問題」を容認し、リスクコントロールを怠った知事に原因を求めるべきでしょう。

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豊洲問題では当初の3つの論点はほぼ終了地点が見えかけています。

地下水モニタリングは地上の安全には影響がなく、費用に関しても不正が見つかる気配もありません。情報公開はほぼ手付かずですが関係者の誰も問題視していません。

しかし一方で、新たに追加された「安心」という論点では、豊洲市場に対する安心は日々損なわれ続けており収束する気配がありません。

「最初の論点は整理されたが、安心の問題が発生している」というのが、知事を会見をつぶさに追った筆者の感想となります。

小池都知事豊洲市場を争点にすべきではない

以上、論点を整理をしてみました。

それではこの論点を元に、築地移転問題を都議選にするということはどういうことかも図解しましょう。

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まず、これら4つの論点ですが、「市場に関わる問題(市場イシュー)」と、「都政に関わる問題(都政イシュー)」に分けることができます。

このうち本来移転延期の判断に関わるのは市場イシューのみです。都政イシューは判断材料としてはふさわしくありません。たとえば仮に石原氏が豊洲の用地取得に何らかの不正を働いていたとしても、それを理由に延期をするというのは筋が合いません。それぞれ別個に処理すべき事案です。

小池知事はこの両方を移転延期の理由に挙げました。この時点で、小池知事の判断ミスは始まっているのです。またそれぞれの論点でも、小池知事は細かく突っ込まれると困ることが多い。

安全性について

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土壌問題については当初知事は科学的に判断すると発言しています。これはまったく正しい態度です。そして専門家会議で「地上部分は安全」という発言も出ています。

耐震性についても、建築主事による検査済証が発行されています。これは知事自らが安全性を保証しているようなものであり、よほど具体的な証拠でも提出されない限り、これを覆すことは不可能です。

そもそも安全性を都議選の争点にすることは不可能です。

安心について

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一方で、知事の「感性」という言葉の誤った使用から始まってしまった安心の問題はどうでしょうか。これも小池知事が選挙の争点に利用することは単なる責任放棄でしかありません。

そもそも知事の役割は不安を煽ることではなく、都民に対して安心してもらえるようにリスクコミュニケーションをすることです。

ところが、知事の公式発言を振り返ると、安心を与えるような発言は見えず、リスコミ不足は明白です。これは知事の不作為ですから知事与党がこれを主張することはできません。また野党側にしても安全性が保証された都の財産をへの信頼を損なうような言説を述べるのはふさわしい選挙活動とはいえないでしょう。

情報公開について

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それでは情報公開についてはどうでしょうか。確かに一連の盛り土問題で、都庁内の意思決定のまずさを発見したのは小池知事の功績です。しかし、それがどのように改善されたのかは未だに判明しません。

たとえば、小池都政にたびたびコメントする橋下徹氏は「大阪では最高意思決定機関を整備し、意思決定プロセスを書面化・公開することにした」と大阪時代の改革を紹介しています。橋本氏のやり方が絶対に正しいとは限りませんが、では小池知事はこれをどのように変えたのか、あるいは変えようとしているのかが現在のところ見えてきていません。

そもそも都庁職員を掌握し、効率的に作業させることは知事の基本的な職分です。そして豊洲問題に関しては、情報公開の質はともかく量ならば十二分に行われています。一体何を選挙の争点にするというのでしょうか。

費用について

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そもそも豊洲の建設費用高騰に対して、小池都政は不正を発見することができていません。高齢の石原氏に詳細を尋ねるよりも、都庁内に揃っているはずの資料から探し当てるほうがよほど確実です。

それよりも問題なのが石原氏への行政訴訟に対する対応で、小池知事は訴訟代理人の見直しを行うという発表を行った点が非常に問題があります。

「行政の連続性」という言葉があります。首長が変わっても行政の方針を一からやり直したりせず、過去の方針を引き継いでいかなくてはならないというのは我々の社会の基本的なルールです。

もし過去に誤りがあったとしても、行政の首長ならばまずは非を認め、改めて手続きを踏んで変更をしなくてはならないはずです。これは一般的な会社組織でも同様でしょう。

過去に汚点があるならば知事自ら調査に乗り出し、事実を説明し、知事として都民に謝罪することがなすべき順序です。この点を選挙の争点にするということは、行政の長が実質不在であることを自ら認めるような悪手だと私は思います。

問題はこれらの論点が移転延期の根拠であるということ

以上の4つの論点が豊洲移転延期の判断の根拠です。

そして真に議論されるべきは、小池知事の移転延期の判断が妥当であったかであるべきです。

なぜならこの移転延期の判断によってすでに3つの悪影響が出ているからです。

 

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1、豊洲への風評被害

 豊洲市場の土壌汚染疑惑は豊洲全体に広がりました。

2、業者への補償問題

 移転を延期したことにより業者へ本来払わなくてもよい補償金が発生しました。

3、環状2号線問題

 オリンピック開催までに環状2号線が開通せず、選手村の建設を始めとした多くの事業に影響を与えました。

 

これらの問題は、まぎれもなく小池知事の移転延期の判断によってもたらされたものです。これほどの悪影響を都民に課した知事の判断は正しかったのでしょうか。

都議選で築地移転問題を争点とするならば、都民はこう問われるのです。

小池知事の判断は正しかったのか、小池知事の誤認と甘い見通しによって都政に悪影響を及ぼしただけではなかったのかと。

 

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そもそも、築地市場は中央卸売市場であり、今は観光客で賑わっているとはいえ本来は単なる業務施設です。都民の将来を占うような存在ではありません。

他にも都議選には、オリンピック問題、待機児童対策、高齢化問題など、東京都にとってより重要な課題が様々に存在するわけで、本来安全なはずの市場に議論のコストをかけること自体ナンセンスでしょう。

知事のためにもならず、都議のためにもならず、なにより都民のためにならない争点を選挙に利用するのは誰にとっても不幸な結果を生むような気がしてなりません。

築地移転を都議選の争点にするの、やめたほうがよくないですか?

 

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最近、この図解を仕事できないかなあと不遜なことを考えてしまっております。調べるのも書くのも好きですし、何より世の中の役にも立てそうですし。

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