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時事図解

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えっ、公園の保育園転用はエゴじゃないの!? 図解で分かる杉並区の保育園転用問題で反対派が無視された理由(了)

行政が住民と直接対話をしない理由

前回の記事の続きです。

 

境氏のインタビューの中で、田中区長は「みなさんとお話しするのは大歓迎です。いくらでもお話ししたいですね」と言っています。それなのになぜ、行政は反対派の意見に耳を貸さないのでしょうか。

 

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行政側が反対派と話し合わない理由は何か。

行政が住民ときちんと話し合おうとしない理由、

それはもちろん、時間が無いのもあります。強引な手法を取ったうしろめたさもあるかもしれません。しかし一番の理由は反対派が「待機児童に対する責任」そして「区民の責任」を分かっていないと考えているからではないでしょうか。

区には待機児童を解決する責任がある 

まずは「待機児童への責任」です。

行政とは、究極的には市民の福祉のために存在している組織です。

当然、待機児童など本来なら発生させてはいけないのです。それは待機児童の発生によって、母親や待機児童になってしまった子供人生に悪い影響を与えるからであることは前回説明したとおりです。

「保育園が必要なのは分かっています、だが公園の転用はダメだ」と反対派が主張すると田中区長はインタビューの中で言いました。公園転用以外の方法が並大抵の努力では実現できないことは確認した通りです。

それでも反対派が単に公園の転用を主張し続けるならば、行政の代わって約100名の待機児童とその母親の人生に責任を取らなくてはいけません。

杉並区の今回のやり方は性急ですし、住民の感情を無視した暴挙ですし、私個人の意見としても「これは悪手すぎる」と思っています。行政の側にもう少しの猶予と工夫があれば、この問題はもっとスムーズにいったはずなのです。

 

しかし行政側が「待機児童に対する責任」を果たそうとしていること、これだけは紛れもない事実なのです。責任を果たそうとしている人々の行動を反対し阻止する限りは、その責任を肩代わりしなくてはいけないはずです。

 

個人の力ではできないことがあるからこその行政です。その行政が限られた時間の中で絞り出した苦肉の策が「公園転用」なのだということはもうお分かりの通りかと思います。

反対派はもしも反対運動が成功したあかつきにはサッカーをする子供たちに向かって「100人の小さな子供とその母親の人生を奪って、君たちの遊び場を守ったんだよ」と胸を張って言うつもりなのでしょうか?

どんなに意に添わなくても民主主義の結果は受け入れなくてはならない

また反対派の方には区民としての責任もあります。

田中区長がインタビューの中で指摘した通り、選挙によって選ばれた区長が発案し、これまた選挙によって選ばれた区議が議会で承認し、さらに陳情も不採択になったというこの状況で、なおも単なる公園転用の反対運動を続けるということは、民主主義の結果を否定するということに他なりません。

「3000筆も反対署名が集まったのに無視するなんて民主主義に反している」という言葉をネットで見かけましたが、民主主義を主張するならなおのこと、議会の決定は尊重しなくてはならないはずです。

また特定の個人を指摘するわけではありませんが、「行政は今まで問題を先送りしてきたツケを住民に負担させるのか」と実際に発言された方がおられました。(ネットでは複数見かけました)

これも残念ながら無責任な発言です。

杉並区の待機児童問題のそもそもの発端は、今の田中区長の前の区長が保育園建設に消極的だったのが直接の原因と説明されています。その前区長を選んだのは他でもない杉並区の住人なのです。

 責任を取らない人と真面目に話し合う人はいない 

待機児童など知らない、選挙で選ばれた議会の決定にも従わない、保育園は必要なのは分っている、だけど公園はダメだ、計画は白紙に戻せ、他を考えろ、それが行政の仕事、とにかく私を不快にさせるな。

 行政の視点から見れば、反対派はこのように主張していると思われているのかもしれません。

また行政は住民が「お互いに譲歩を引き出す」という交渉に応じるかどうかも疑問に思っているかもしれません。

産経新聞の記事にこのようなものがありました。

www.sankei.com

 

この記事からの引用です。

説明会では、同席した保育園の運営業者が会社の沿革や経営状況などを説明した。しかし、たびたび「もっとちゃんとしゃべれ」「子供が犠牲になっても良いんですか」という不規則な声が。司会役が「お静かに」と何度か注意してもおさまらなかった。

 そのとき、年配の女性が立ち上がり、区幹部や業者らの前へ進むと、説明会で配られた資料を縦に破り、それを丸めてみせた。拍手が起こる。

この記事に書いてあることが事実であるとしたら、反対派は絶対にやってはいけないことをやってしまっています。

どんなに理不尽な対応を受けたとしても、相手に対する敬意は、交渉の際の最低限のマナーです。この記事の年配の女性の行為が一人だけのものならまだ救いはありますが、どうして誰もこの行為を咎めなかったのでしょうか?

 

残念ですが、このことだけでも行政が住民を無視したくなるのも理解できます。実は今回の連載はこの記事が掲載された前日に完成していたのですが、今まで公開をためらっておりました。反対派の方々を信頼して良いのか悩んでいたのです。

 

もっとも、悩んでいた期間に、都市公園法についての調査を終え、行政と対話できそうな「行政の不備」を発見でき、また久我山東原公園を取材する機会を得たので結果的には躊躇ってよかったとは思っております。

 

話題が脇道にそれました。

 

もし反対派が行政にきちんと耳を傾けてほしければ、自分たちがどのように責任を果たすのかを明確にし、行動に示さなくてはならないと私は考えます。

 

連載はここで一区切りですが、内容的にはまだ続きます。