時事図解

時事問題を中心に気になることを図解しています。図解依頼募集中!

図解で書評 『「表現の自由」の守り方』山田太郎


いわゆるオタク文化に親しい政治家として、山田太郎氏はネットで最も有名な存在ではないでしょうか。

今回2019年の参議院選挙においても、前回29万票を得ながら比例代表制の仕組みのために落選してしまった逸話を持つ山田氏は注目候補の一人だと思います。筆者は山田氏の政治活動の図解をしたこともあり、以前から彼の活動には興味を持っていました。

 

この山田氏にはいくつか著作があるのですが、その中でも手に入りやすかった『「表現の自由」の守り方(星海社新書)』という本が面白かったので、そのご紹介をすべく「第2章 TTPと著作非親告罪化」を図解してみました。

 

TPPと著作権非親告罪化問題

 

事の起こりはTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に日本が参加しようとした時のことでした。筆者はこのTPPを詳しく解説することはできませんので、本書にある山田氏の解説をそのまま引用しておきます。

 

単に関税にとどまらず、グローバルなレベルで円滑に物事をやりとりするために、さまざまなルールのグローバルスタンダード――たとえば契約書の書き方など――を確立させること

が、TPPの本来的な目的です。(P88)

 

 

この部分だけを読めば、貿易の取り決めと二次創作とは関係ないと思ってしまうかもしれません。しかしながら実はこのTPP交渉によってコミックマーケットが開催できなる寸前まで行きかけていたのでした。いえ、コミックマーケットと限らず、二次創作そのものが存亡の危機にあったと言える危機だったのです。

 

それはなぜかといえば、TPPの効力は著作権の分野にも及んでいたため、TPPに参加することで著作者以外でも著作権法違反を申告することができるようになってしまうからでした。具体的な内容は後述しますが、これを『著作権非親告罪化』と呼びます。山田氏はこの『著作権非親告罪化』が無秩序に導入されることを防ぐために活動し、結果的に成功を勝ち取ったのでした。

 

著作権法は厳密な運用が難しい法律である

f:id:zukaiseiri:20190717215517p:plain


山田氏の活動を解説する前に、基礎知識としてそれ以前の日本での著作権運用を知っておくべきでしょう。

TPP交渉以前の日本では、著作権法は『親告罪』という形で運用されていました。

 

f:id:zukaiseiri:20190718201736p:plain

この『親告罪』という運用方法では、著作権の持ち主が訴え出ない限りは起訴されないことになっています。すなわち誰かが著作権法を犯したとしても、著作権者がそれを見逃せば起訴されない、罪とは認められないという扱いをされるということです。

 

ちなみに親告罪で運用される他の犯罪の例として、名誉毀損や親族間での窃盗などがあり、なんでも罪扱いにするとかえって面倒事が多い場面で扱われる法の運用方法が『親告罪』だということが分かります。

 

この著作権法が、非親告罪化で運用されると、どのようなことが起きるのか。具体例として山田氏は韓国で非親告罪化した際の例を上げています。

 

競争関係にある企業や、トラブルのあった個人の些細な著作権違反を警察に通報し、訴訟をちらつかせて「示談金」の名目で金銭を要求する「著作権トロール」や、お互いがお互いを告発するような「刺し合い」が横行し、問題となったのです。(P93)

 

著作権法の運用を非親告罪化してしまうと、誰でも簡単に犯罪を告発できてしまうため、金銭目的の「ゆすり」や法律を使ったライバル同士の牽制が起きてしまうというわけです。その結果、創作者は自衛するために「そもそも著作権を侵害しない」すなわち「二次創作を自粛する」という行動に出るのは自明の理でしょう。これはもはや二次創作の存亡の危機です。

 

扱われる作品の7割が二次創作と言われるコミックマーケット非親告罪化によって開催できなくなってしまうというのは誇張でもなんでもありません。

 

なぜ非親告罪化を採用する国があるのか

 

f:id:zukaiseiri:20190718202117p:plain

山田氏は著作の中で、著作権法は厳密な運用が難しいと言っています。

 

そもそも、著作権とは「何かを書いたり描いたりしただけで、そこに権利が発生してしまう(P91)」ものです。しかしながら、たとえば絵を描く時、好きなキャラクターを描くという行為は当たり前のように行われていることです。

 

子供がアンパンマンドラえもんの絵を描くのも厳密に言えば著作権侵害ですが、だからといってそれが罪だとわざわざ訴える人はいないでしょう。これは日本に限った話ではなく、アメリカの子供がミッキーマウスの絵を描くことだってごくありふれた行為のはずです。

 

それではなぜ、著作権法をわざわ非親告罪で運用する国があるのか。

それは海賊版対策です。海賊版とは、商業的に流通されている著作物をコピーし販売したり、インターネットで流通させるたりする行為を指します。

 

本来、金銭を対価に流通している著作物ですが、それが海賊版によって安価に流通してしまっては著作権者の権利や収益が著しく損なわれてしまいます。

しかしながら、海賊版は基本的に人目につかないように流通されていますので、著作権保持者がいちいちそれを探し出し告発するのは大変な作業になります。

f:id:zukaiseiri:20190718202713p:plain

原著作物の収益に大きく影響があり、市場のルールが乱されるようなことを防ぐことを優先するならば、監視を目的として著作権法非親告罪で運用する方が都合が良いという考え方もあると思います。

 

f:id:zukaiseiri:20190718202803p:plain

しかし一方で、「「学ぶ」と「真似る」がともに「まねぶ」を語源にしていたりと、日本には古くから素晴らしいものを真似るところから創作が始まるという考え方(P91,92)」があるように、創作と模倣は切っても切れない関係があります。絵を描くならば、誰だって模倣から始めるものです。創作文化を保護するという意味では、著作権親告罪で運用したほうがより良い結果が出るのは間違いありません。

 

著作権の運用方法は、その国の文化への考え方、あるいは創作文化のあり方によって変わってくるものなのでしょう。

 

翻って我が国の事情を鑑みると、日本ほど同人誌文化が根づいている国は類を見ないということが言えると思われます。

個人がプロと遜色のないクオリティで創作活動を自由に楽しみ、さらには出版印刷したりできる国はごく僅かでしょう。また一個人の制作物が当たり前のように全国流通する例が他国にあることを私は知りません。コミックマーケットのように約60万人が一箇所に集まるような二次創作イベントが年に二回も開催される国は稀のはずです。

 

他国では著作権法非親告罪で運用してもそこまで問題が起きないのかもしれません。なぜならプロと見紛うほどの創作物が千部単位で流通しなければ、そもそも著作権侵害を問題視する必要もないのです。

 

しかし日本は違います。我が国は二次創作文化が圧倒的に豊かなのです。

 

これほど文化が違うのに、TPPのためだけに著作権運用を他国と足並みをそろえてしまったならば、せっかくここまで発展した創作文化が一気に他国並みに萎れてしまいます。

現代日本において、考えなしに著作権非親告罪化してしまうのは豊かな沃野を荒れ地にするに等しい行為なのです。

 

そしてなお都合の悪いことに、このTPP交渉の是非を判断する我が国の政治家は、これらの二次創作文化をまるで知りませんでした。

山田氏は言います。「知らないものに配慮する、なんてことは不可能(P98)」だと。そのため、TPP交渉が進むにつれて、我が国の著作権運用は特段に問題視されることもなく、親告罪から非親告罪へと移り変わってしまいそうでした。

もしこの時点で非親告罪化してしまったならば、日本の文化が衰退してしまうところでした。

 

山田太郎氏はどのようにこの問題を解決に導いたのか。

f:id:zukaiseiri:20190717215836p:plain

国会を通じて意見を表明する

この危機を自覚し行動していたのが、当時参議院議員だった山田太郎氏です。

当時、山田氏は野党の国会議員でした。そのため直接国政に参加することはできませんでしが、それでも国会議員である以上、国会での発言権があります。

国の政策は国会のやり取りをもとに作られていくものなので、ここで的を得た質問ができれば、「表現の自由」関連の政策の動向がチェックできるのです。

 

f:id:zukaiseiri:20190718203717p:plain

まず、山田氏は国会質疑を通して、何度もTPPによって二次創作に影響が出るかどうかを確認していました。甘利TPP担当大臣や著作権運用を司る下村文部科学大臣から二次創作に留意しているという旨の答弁を引き出しましたが、宮沢洋一経済産業大臣からは「コミックマーケット等の参加者に影響なしとは言えない(P97)」という答弁が出ます。やはりTPPの非親告罪化は、二次創作に影響なしとは言えなかったのです。

そもそも、宮沢大臣はこの質疑において初めてコミケという存在を認識したそうで「知らないものに配慮する」ことが出来ていないのは当然のことです。ここで国の「表現の自由」政策は非常に危ういということが確認できたのです。

 

その後も山田氏は繰り返し「表現の自由」に関する質問をしていましたので、ついには安倍総理とのやり取りにおいて、安倍総理が聞かれてもいない「TPP交渉における表現の自由と二次創作への配慮」を答弁するという珍事まで発生しました。

答弁の後、安倍総理が「山田さんの顔を見たら、二次創作とか表現の自由を聞くと思ったんで、勝手に答えちゃったよ(P105)」と言われたそうですが、すなわちそれは山田氏の主張は総理大臣にまで届いており、その重要性を認識されていたということなのです。これは野党の政治家であっても、正しい主張が繰り返しなされていれば、国政に意見を届けられるという一例でしょう。

 

学閥を使って問題解決を図る

 

f:id:zukaiseiri:20190718204329p:plain

山田氏には国会議員であることとは別のコネクションもありました。それは学閥です。

山田氏の経歴を確認すると、麻布中学・高等学校から慶応大学という典型的なエリートコースを歩んできたことが分かります。

 

幸運なことに、TPP交渉において実務に参加していた渋谷和久内閣審議官が高校の先輩でした。そのため、山田氏は渋谷審議官にスムーズにコンタクトを取ることが可能でした。この渋谷審議官からは、後にTPP条文の「表現の自由」に関わるスペシャルリークを受けることになります。

 

また超党派の「MANGA議連(マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟)」のアドバイザーをしていた桶田大介弁護士は高校の後輩でした。その縁で、山田氏はこの議連に招待され事務局長代行という役割を得ることができました。

MANGA議連はもともと麻生太郎氏が総理大臣在任中に提案したもので、与党の自民党議員が多く参加しています。特にこの議連に参加していた馳浩氏は後に文部科学大臣に就任しますので、山田氏の「表現の自由」に対する考えは国政に反映されやすくなりました。

 

学閥、というとあまり良い印象を受けないとは思います。山田氏も自分の学閥が役に立ったなどとは書いていませんが、エリート人生を歩んだ人々が正しい目的で協力するために役に立つならば、学閥の存在もまた世の中を良くしていく役に立つこともできるのです。

 

有識者会議

 

f:id:zukaiseiri:20190718204634p:plain

馳浩氏が文部科学大臣となったことで、山田氏の活動はやりやすくなりました。そこで山田氏はヒアリングという形で有識者会議を企画します。

その会議には漫画家、学者、政治家、官僚という立場の人が参加し、情報を共有し、意見交換が図られました。

ここでの人選も山田氏の人脈が大いに役立っていると思われます。例えば、漫画家の赤松健氏、コミックマーケット準備会の里見直紀氏などを呼べたのは長年「表現の自由」を守る活動してきた山田氏の人脈があってのことでしょう。

 

このヒアリングでは重要な指示がなされました。馳文科大臣が、この問題を担当する文化庁著作権課長に直接、「二次創作、マンガ・アニメ・ゲームに影響を与えないように」という指示を出したのです。

官僚にとって大臣の指示は絶対です。結果として、著作権法の改正案は「原則、親告罪として運用」「海賊版のみ例外的に非親告罪化」という運用方法になりました。山田氏の活動がまさしく実を結んだ瞬間でした。

 

他でもない山田氏だから出来たこと

 

TPPによる著作権法非親告罪化問題において、山田氏の果たした役割とはなんだったのでしょうか。

筆者は2つの点を強調したいと思います。

まず1つ目は、真っ先に二次創作等への影響に気づき行動を開始したこと。山田氏の行動が迅速で、かつ粘り強いものだったからこそ、国会を中心に多くの人々がその重要性に気づけたのだと思います。特に安倍総理にまで届いたということは特筆に値することでしょう。

 

2つ目はその人脈によって多くの人々をつなぐことが出来たということです。

山田氏も「今回の件で私に功績があるとすれば、それは人と人をつなぐということ(P118)」と自らを評しています。たとえ国会議員としての地位と権力があったとしても、人脈というものは一朝一夕では作り得ないものです。その点、山田太郎氏は高校の先輩後輩といった関係や、それまでの「表現の自由」を守る活動によって得た知己というコネクションがありました。この問題を誰もが納得する形で解決まで導けたのは、国会議員であっても山田氏以外ありえなかったでしょう。

 

筆者の感想

 

本書のタイトルは「「表現の自由」の守り方」ですが、実際のところ方法論というよりも、山田氏が国会議員としてどのように働いたかの自伝と言って良い内容です。

 

我々一般人からすると政治家、特に野党の政治家の働き方というのはとても見えにくいものです。

政治家がどのように自らの目標実現を目指し働いているのか。政治というものがよくわからないと感じている人は、二次創作などのオタク活動抜きにしても読むべき価値のある本だと筆者は考えます。

特に若い人とには内容も身近でしょうし、政治を学ぶにはうってつけの一冊だと思います。(※ただ、最初の小説風の書き出しだけは読みづらかったです)

 

【ゆる募】

もしよろしければ図解をするための本(新書)を私に推薦いただけると助かります。

新書に限定する理由は、買い求めやすく、かつ内容が短くまとまっているためです。

またこの書評は15歳の少年が読める文章を目指しているため、中学3年生でも比較的入手しやすいだろうという考えもあります。よろしければ@zukaiseiriまでご一報いただけるとありがたく存じます。