卸の社会的役割の基本
第四回専門家会議の仲卸の不規則発言により、築地市場の事業者に対する嫌悪感が私の周囲では多く聞かれるようになりました。
その関連からか「もう市場は要らないんじゃないか」という、いわゆる市場不要論まで流れだしており、私としては、その話題には待ったをかけたいなと思う状況です。
じつは私自身も流通論を学ぶまでは「ネット通販のような直接取引が増えれば市場は不要なのではないか」という意見を持っておりました。しかし、色々学んだ結果、やはり卸売市場は必要なのではないかという意見に変わりました。
そこで今回は卸売市場の社会的な意義について図解したいと思います。
卸の普遍的役割と卸売市場の社会的意義について
TVなどで築地市場移転の議論がなされるとき、著名人の中にも「そもそも中央卸売市場が必要なのか」と仰る方がおられます。私の記憶では橋下徹さんや堀江貴文さんなどが仰っていたと思います。
これらの方々が本気で市場を不必要と考えているかまでは分かりませんが、卸売市場の取扱高は減少しており、存在感が薄くなっていることは事実です。
しかしそもそも卸売市場がなければ、日本の流通は大変非効率なものになってしまいます。中央卸売場を公設する意義は今でも十分にあるのです。
今回、この問題を解説するにあたり二つの段階に分けようと思います。
1、卸という商行為について
2、中央卸売市場の役割
一時期は流通の中抜きがもてはやされたこともありました。
しかし、現状やはり卸という機能は流通の中で必要とされています。まずはその機能の確認です。
さらに卸売市場という場を公が用意するのには理由があるのだというふうに話をしていければと思います。
卸とは何か
そもそも流通とは何でしょうか。ここでは大まかに「生産者から消費者まで商品が行き渡る経路」というふうに定義付けをします。
・生産者 → 消費者
しかし普段私達が買い物をしていても、商品を自ら作って売っている店というのはそう多くありません。工業生産品はだいたいそうですし、食料を売る店にしても産地直営店でもなければ、原料から全て自前で用意する店はそうそうありません。
なぜ生産と販売が分かれているのでしょうか。
それは私たちは「多くの商品の中から自分の気に入ったものを選び、できれば同じ場所で一気に買いたい」というふうに考えているからです。
この消費者の要求は多くの生産者にとっては難しいものです。なぜなら生産者の多くは単一の商品しか持っていないからです。
そこであちこちの生産者から商品を集め、店先に商品を並べて消費者に販売するものが現れます。これが小売業者です。
生産者 → 小売業者 → 消費者
ところで生産者も小売業者も無数に存在しています。
全ての生産者と全ての小売業者が連絡を取りあい、商品を取引することは物理的に可能でしょうか?
まず無理なことだと思われます。そこで卸が必要になってくるのです。
卸は生産者と消費者のギャップを埋める存在
そもそも生産者と小売業者が直接取引をするのは無駄が多いのです。
生産者は基本的に同一商品を大量に製造する能力には優れていますが、それを小分けにして発送する能力は持っていません。
つまり生産者は基本的に[少品種大量生産]という性質を持っているのです。
一方で、小売業者はできるだけ多くの品物を揃えたいと考えています。たくさんの品物があればそれだけ多くの集客を期待できるからです。
そのためには数十社、あるいは数百という数の生産者と交渉をせねばならず、それでは時間が幾らっても足りません。また小売業者の商品の売れるスピードは、生産者が商品を製造する量と速さに比べれば、少量かつ、ゆっくりとしています。
小売業者は[多品種小量販売]という性質を持っているということです。
以上のように生産者と小売業には大きな隔たりがあるのです。それゆえ、この二者の取引を仲立ちする存在があると便利です。それが卸という商行為であり、それをするものを卸売業者(問屋)と呼びます。
生産者 → 卸売業者 → 小売業者 → 消費者
取引最小化の原理について
先程の卸の役割をより具体的に見てみましょう。
たとえば、世界に生産者が3社、小売業者が4社しか存在しなかったとします。これらがそれぞれと取引をすると合計12回の取引が行われます。
生産者3社 × 小売業者4社 = 12取引
ところが、ここに卸業者が1社仲立ちに入ると取引総数は7回で済みます。
(生産者3社 × 卸1社) + (卸1社 × 小売業者4社) = 7取引
生産者も消費者も卸1社と取引をすればよくなるため負担が軽減され、本来の業務に集中することが可能になります。また社会全体で見れば、取引総数の減少はそれだけコスト削減に繋がっているといえます。
このように卸が取引の仲立ちをすることによって取引総数が減る現象のことをを「取引最小化の原理」といいます。流通の中で卸が必要とされる大きな意義になります。
卸には様々な役割がある
卸があることによって流通に掛かる負荷が減ることは前述のとおりです。しかし卸の役割はそれだけではありません。
①調達・販売機能
生産者にとって、卸業者は自分の代わりに商品を販売してくれる代理店のような存在です。一方、小売にとっても自分の代わりに様々な商品を欲しい分量で調達してくれるエージェントでもあります。
たとえば、規模の小さな小売が大企業と直接取引をすることは大変に難しいことです。大企業は基本的に大きな単位でしか商品を販売していません。そこで卸がその商品を一度引取り、小分けにして小さな小売に再販売するのです。これにより生産者の商品が社会の隅々まで行き渡りやすくなります。
②物流
卸業者は生産者から商品を調達し、自らの倉庫で保管しつつ、注文のあった小売に商品を必要数抜き取り、あるときには加工し、包装して配送します。
卸がこのような作業をしてくれることで、小売業者は一回の注文で様々な商品を受け取ることが可能になります。また大きな倉庫を持たなくとも在庫を切らす心配が減ります。
卸による小売の在庫負荷の軽減は大変に重要な機能の一つです。もし卸がなければ小売はそれぞれにたくさんの在庫を抱えなくてはならなくなります。
そもそも商品というものはいつ売れるかランダムで一定ではありません。そのため、小売はある程度の商品在庫を持たなければならないのですが、もし卸がないため小売はある商品の在庫を10個抱えなければならなかったとしたら、卸が在庫機能を負担してくれることによって5個の在庫で済むようになるかもしれません。足りなくなったらすぐに卸から補充すれば良いからです。
もしこうした小売が10社あったとしたら、卸が存在することにより小売から50個分の商品の死蔵リスクが減り、さらにその分倉庫の空きが増えることになります。これを「不確実性プールの原理」と呼びます。
③金融・危険担当
もし生産者が直接消費者と取引をする場合、消費者がその商品を買ってくれるまで生産に投資した資金が回収できません。しかし卸が生産者から一括して商品を買ってくれることにより、生産者はすぐに資金を回収し次の生産サイクルに入ることができるようになります。
つまり卸が生産者の販売リスクを肩代わりしているのです。この機能により生産者は安定した商品生産が可能になるのです。
④情報提供
卸は大量の商品を扱っているため市場の状況を俯瞰的に見ることが可能です。いま市場ではどのような商品が流行っているのかを概観し生産者に伝えることで、生産者がよりよい商品開発をすることが可能になります。
また商品の詳細を生産者に代わって小売に広報することもあり、卸は商品そのものだけではなく情報の仲介も行うのです。
以上が卸の流通における主な役割と言われています。
卸とは流通の緩衝材である
[少品種大量生産」の生産者と[多品種少量販売]の小売との間には埋めがたいギャップが存在します。卸はその間に立ち、一定のリスクをとることで二者の間の緩衝材(バッファ)の役割を果たします。
卸がなければ流通は大変に不安定なものになってしまいます。卸とは生産者と小売業を円滑につなぐための緩衝材なのです。
[次回のための補足]
とはいえ筆者自身もゆくゆくはこの卸の存在は小さくなっていくのではないかと思っております。一番の理由は生産者、小売ともに統廃合を繰り返して徐々に総数が減ってきているからです。
取引に関わるプレイヤーが川上でも川下でも減れば、同時に卸も減ってしまうのは自然の摂理なのでどうしようもありません。なにより「取引最小の原理」の働きが弱くなってしまえば、その分だけ卸の存在意義が薄れます。
実はこのことは50年以上前に書かれた林周二の『流通革命』から指摘があります(問屋不要論)。この本は非常にインパクトを与えたため、今でもこの予言が正しかったどうかの議論がつきませんが、生産者、卸、小売の総数が当時に比べると減ったのはまぎれもない事実です。
強調しておきたいのは、卸売市場の議論でもこの流れは意識しなければならないということです。
卸売市場も卸の一種です。卸売市場の扱う商品は基本的に生鮮食料品であり、川上、川下は他の業種よりも零細な企業であることが多いのは事実です。しかし他の商品と同様の変化が卸売市場の川上、川下で起きているのも事実であり、卸売市場内部の業者も今まで同様の商売を続けることは難しくなってきているはずです。
卸売市場がただ流通の中継ぎとしての役割を果たしておけば良い時代はすでに終わっているのではないでしょうか。