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築地市場は仲卸のものではない~公設市場である意義~

平成21年2月に発行された『築地市場の移転整備「疑問解消BOOK」』という冊子があります。

築地市場の移転整備 疑問解消BOOK

この冊子を読みながらふと「築地移転は仲卸にとってはメリットはないな」と思いました。

この冊子では築地移転のメリットとして以下の3点を挙げています。(同書15P)

・「食の安心・安全の確保」

・「効率的な物流」

・「多様なニーズへの対応」

どれも重要な事ですが、場内で働く仲卸には直接的なメリットがまるでありません。

まず、「食の安全」についてですが、築地の仲卸には競合他社というものがおりません。築地と同じ規模の卸売市場が近隣にあれば「食の安全」は重要な差別化のポイントになりえますが、実際には、築地市場の顧客は築地以外で買い物をする以外に選択肢がありません。築地市場全体で見れば、より質の高い「食の安全」を求めて追加コストをかける必要はありません。

「効率的な物流」も同様で、仲卸自身には特別問題になるわけではありません。入荷は大卸の仕事ですし、出荷に関しても急いで出荷する必要はあっても、仲卸同士で競って出荷するわけではありません。基本的には同じ場所からの同じ条件での出荷です。

「多様なニーズ」に関してですが、これは食品を加工したり、小分けにパッケージしたりする施設を指すので、仲卸には原則関係ないはずです。

つまるところ、仲卸の目線から見れば築地移転は特にメリットもないのに費用ばかりかかる厄介事でしかありません。仮に豊洲に移転して売上が上がるならばまだしもですが、いきなり顧客の数が増えることは考えにくい。となると現状維持していても問題ない(ように見える)のに、なぜ移転しなければならないのかという気持ちになっても不思議ではありません。

あれほど仲卸が移転に反対する理由が腑に落ちた瞬間でした。

市場は誰のものか

と、ここまでは仲卸の視点での解説でしたが、一般消費者の立場からすればそんな仲卸の本音など関係ありません。食料品市場はより「安心・安全」であってほしいはずです。

また市場に目を向けるとステークホルダー(利害関係者)は仲卸だけではありません。大卸にしてみれば効率的な物流は利益に直結するポイントですし、加工・パッケージ市場があれば、そこを利用したい小売はたくさんいるでしょう。

仲卸の視点で表現するなら「仲卸ばかりが割を食うう」のが築地移転なのですが、他のステークホルダーにしてみればけしてそうではないということが分かります。

ところで築地市場は公設市場です。会計こそ独立採算制を取っていますが、運営の最終責任者は東京都であり、すなわち築地市場は都民の財産です。とすれば築地の問題はステークホルダーの中でも一般消費者が一番メリットを享受できる形で解決しなければならないはずです。

老朽化した築地をどう再建するか?

現状の築地市場の建物が老朽化してもう使いものにならないという点では、関係者全員が意見を一致させるでしょう。

そうなると取るべき道筋は、現在地再整備か豊洲に移転するかかの二つに一つになってきます。その選択の優先順位はどちらが都民にとってメリットがあるかなのではないでしょうか。

そこで今回は、主に「築地市場の移転整備 疑問解消BOOK」から内容を拾いあげ、東京都が今まで主張してきたことを図にしてまとめてみました。

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中央卸売市場の役割について

図の内容に入る前に、そもそもの市場の役割というものを知っておかなくてはなりません。

築地市場は「中央卸売市場」といって、その地方の生鮮食料品の流通に中核的な役割を果たす機能を持ち、地方公共団体農林水産大臣の許可を得て開設する施設です。特に築地は基幹市場という位置づけがなされており、東京近隣の中でももっとも重要な市場だといえます。その分、公益性も強く求められなくてはならないはずです。

中央卸売市場に求められるもの

東京中央卸売場のHPには「市場の役割と機能」というページがあり、市場の役割を紹介しています。それによれば市場は次のような役割があるとされています。

・集荷・分荷

・価格形成

・決済

・情報受発信

・災害時対応

・衛生の保持

これらをすべて説明するのは今回の本筋ではないので、このうち消費者に直接関係のありそうな機能のみを取り上げます。

・集荷・分荷

市場にはたくさんの商品が一同に会します。商品の生産者は市場に商品を運び込むことで様々な人に商品を買ってもらえる機会を得られます。また買受人はあちこちを移動せずとも、一箇所で様々な商品を一度に手にすることが可能になります。これにより流通の効率性が高まるのです。

・価格形成

特に生鮮食料品の場合、工業製品と違って品質が一定に定まりません。

卸売市場にはたくさんの商品が一同に集まり「競り」が行われます。「競り」は誰でも参加出る値決めの仕組みです。これにより商品の値が迅速かつ適切に定まります。特に築地で決まった価格は、他の市場でも参考になりますので築地で正しく「競り」が行われることの意味は重いのです。

・衛生の保持

一つの施設に商品が集まれば、その分、流通上の衛生管理が楽になります。また衛生検査も一箇所で行えるため効率的に行なえます。日々、安全な食品を手に入れることはできるのはこの水際での衛生管理が行き届いているおかげなのです。

 

以上が卸売市場の役割です。筆者は特に市場関係者ではありませんが、大学で流通論を多少学びましたので、間違ったことは言っていないかと思います。

基幹市場として選ぶならどちらか

以上のような理由で築地は公共性の高い施設であり、無くてはならないインフラの一つだといえるでしょう。その築地市場を再建させるプランとして候補に挙げられるのは次の2つです。

・現在地再整備案

豊洲新市場に移転する案

これ以外の案は現実的に不可能です。本ブログは現在地再整備も現実的ではないという立場ですが、少なくとも築地内部からそのような要望が出ていることは事実ですし、今回取り上げた「疑問解消BOOK」での東京都の見解を紹介する意味でも、この二つの案を比べてみたいと思います。

現在地再整備案

現在の築地市場を再整備する場合、仮に諸々の問題をクリアできたとしても、それでもこの案には「狭さ」というどうしようもない壁が立ちふさがります。現在の築地市場は23ヘクタールの広さしかありません。

しかし次に作らなくてはならない市場は、衛生面での都合上、閉鎖型施設であることは絶対条件です。それに加えて商品を納入するバース・駐車場などを作ると25ヘクタールの用地が必要です。本来ならば構内通路や冷蔵庫用の敷地なども必要なのですが、それを除いてもまだ用地が不足しているのです。

そこで、どうしても現在の築地市場を改装し営業を続けたいならば、苦肉の策ですが「売り場」を重層化するという手段を採ることになります。しかしこの重層化は大変に非効率なのです。

まず商品や市場で働く人を運ぶため、エレベーターをフル稼働させなくてはならなくなります。商品の搬入・搬出はスロープも使用することになりますが、場内、場外問わず動線が細く長くなりそれだけで効率が悪くなってしまいます。

さらに問題なのは、これらの非効率がゆえの高い維持管理費用は、場内業者が負担しなければならないということなのです。つまり重層化は「市場事業者の負担も極めて重いものになる」のです。「疑問解消BOOK」には書いてありませんが、一般論として業者の金銭負担は商品価格に転化されるはずです。公益という視点から見て適切といえるでしょうか。

築地の現在地再整備は単に非効率であるだけでなく、事業者の金銭的負担も非常に大きいものとなるというのが東京都の見解です。

豊洲新市場に移転する案

それでは豊洲新市場に移転する案ならばどうでしょうか。最大の課題である用地問題ですが、豊洲は40ヘクタールと広い敷地を確保できています。そのため様々な施設を作る余裕があります。

食の安全

豊洲新市場は閉鎖型の施設ですので、築地のように商品を野ざらしにすることはありません。さらに温度管理もしっかりとできるので、商品を低温を保持したまま途切れることなく流通させる「コールドチェーン」が確立できます。これは最優先事項なので築地再整備でも行われることですが、そのための用地が足りないことは先ほど確認したとおりです。

<HACCP取得について>

「疑問解消BOOK」には掲載されていませんが、閉鎖型の施設であることやコールドチェーンを保つことはHACCP(ハセップ)を取得するための条件にもつながります。HACCPとは、食品の衛生状態を科学的に分析、管理するための手法のことで、食の安全性を高めるのはもちろんですが、食品の輸出にも結びつきます。

なぜかといえばアメリカや欧州に食品を輸出するためには当該国の法律に基づいたHACCP管理ができているかどうかのチェックを受けなくてはならないためです。HACCPを取得できれば販路が増える可能性があるのです。これは売上高が減少している築地市場にとってもぜひ活路を見出したいところだと思われます。

豊洲新市場では当初このHACCPに準拠した施設を作ろうとしていたのですが、結果としては取得には至れませんでした。しかしHACCPは施設よりも管理方法が大事なので業務内容を改善することで改めて取得を目指すことは可能です。

効率的な物流

 豊洲新市場に移転することで物流問題も解消が期待できます。

今までは十分なスペースが取れずに野ざらしにされていた商品も、専用の荷さばき場を確保できることによって衛生面でも品質面でもより「安心・安全」な流通にすることができます。

また現状の築地では搬入する車両と搬出する車両が同じ駐車スペースを使っていたため大混雑が起きていましたが、これも広い用地が確保できたことで搬入口と搬出口を分けることが可能になりました。これは渋滞の解消とともに、食品の入り口と出口を別にすることで、万が一食品が汚染されていても、食品同士の接触機会を減らすことで汚染の拡散を最低限に防ぐ衛生面でのメリットにもつながります。

さらに多様なニーズにも対応が可能

広い敷地を持つ豊洲新市場に移転するメリットはさらにあります。築地に買いにやって来る大手スーパーなどから築地で買った食品の加工やパッケージをする場所についての要望がかねてよりありましたが、狭い築地市場では実現不可能でした。しかし豊洲に移転することでこれらの施設を付属させることができ、市場としての付加価値が増加しました。

また大口顧客のために商品を店舗ごとに仕分けられるスペースや、一時保管するための低温倉庫など、今まで築地ではできなかったサービスが可能になります。

 

これらは広大な豊洲に卸売市場を設置するからこそ可能な利点であり、築地で再整備を行うと得られないメリットです。それゆえ「築地が新たな基幹市場として発展するためには、移転整備するしか無い」というのが東京都の主張です。

大切なことは消費者にとってどちらがメリットがあるか

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築地移転問題は、主に築地を移転させたい東京都ら賛成派と、築地に残りたい仲卸を中心とする反対派の対立が30年に渡って続いていました。

しかし最初に筆者が述べたとおり築地は東京都の公設市場です。都民のため、ひいては消費者のために存在する施設です。

内部で働く人間が快適に働けるような環境を整備することはもちろん重要ですが、それが消費者にとってデメリットなるようでは意味がありません。

今回、筆者は賛成派の東京都の見解を解説しました。この東京都の見解に対して反対の意見もあるでしょう。ただし、その意見は一般消費者の利益にかない、かつ東京都の見解を覆すものではなくてはならないと筆者は考えます。

以下、よく見かける反対意見について筆者の意見を述べいます。

管理費の増加について

豊洲に移転することで管理費が5倍になるという報道がありました。

今まで築地は縁日の屋台のような開放型の施設だったわけで、管理費は施設の規模としては、「食の安全性」を犠牲にした不当に安いものだったというのが、より正確な表現でしょう。冷房の効いた閉鎖型の施設に移転すれば、負担が増えるのは当然のことです。

さらに言えば、この費用は仮に築地での再整備をしたとしても同様か、おそらくはそれ以上の管理費になることは疑いようもありません。

それゆえこの費用については精査の対象にはなっても、移転反対の理由にはなりません。

土壌汚染問題について

土壌汚染については当ブログが今まで解説してきたとおり、科学的な除染によって安全なレベルにまで浄化が完了しています。

無論、安全と保証されたとしても、感情として安心は出来ないという考え方もあります。

しかし食品汚染は汚染源の特定よりも汚染経路の封じ込めのほうが重要なのです。ですからたとえ今後問題が起きたとしても、それらは追加対策を施すことで対処可能なのです。

多くの識者が指摘するように、汚染物質を理由に移転反対をするならば、築地がどれほど不衛生かも併せて考えなければなりません。

食品汚染に完全はありえません。我々はどちらがよりましかを選ばなくてはならないはずです。

 築地ブランドについて

移転反対派のみならず、多くの消費者が「築地ブランド」に対して一定の価値を感じていると思われます。しかし「築地ブランド」の正体とは何でしょうか。

商品の豊富さ新鮮さについては同意しますが、「食の安全・安心」という面からすれば現在の築地は及第点からはるか遠い大赤点であると思います。この点「築地ブランド」には実態が無いと言わざるを得ません。

幸いにして、現在のところは市場関係者の努力で、「築地ブランド」という付加価値はまだ生きています。これが崩壊する前に、実態の伴ったブランド力を培わなければならないのではないでしょうか。

築地で取引されるから美味い魚になるわけではありません。そこで働く人々が日々、真剣に食品流通に取り組んでいるからこそ、築地で取り扱われて売る生鮮食品はブランドとなり得るのです。豊洲新市場においても商品の豊富さ、新鮮さは損なわれるものではありません。それゆえ「築地ブランド」を理由に移転反対を語るのはナンセンスだと考えます。

 

最後になりますが、築地移転問題は市場関係者の利益と消費者の利益が相反するならば、消費者の利益の方を優先しなくてはならない問題のはずです。

しかし、それを冷静に比較した議論を筆者は未だ見たことがありません。

消費者にとってどちらがより良い施設かという点を、賛成派も反対派ももっと主張すべきだと筆者は考えます。

 

<参考文献>

築地市場の移転整備 疑問解消BOOK

http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/pdf/book/book_all.pdf

東京中央卸売市場 市場の役割と機能

http://www.shijou.metro.tokyo.jp/about/useful/