時事図解

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「雪印集団食中毒事件」はHACCPがあれば防げた

なぜHACCPが必要なのか

今回からHACCPについての図解に挑戦しようとしているのですが、HACCPを理解する上での一番の課題は、誰も言いませんが「用語の難しさ」にあると思います。

ほとんどの用語はHAとかCCPとかアルファベットの略字か、日本語に訳されていても【重要管理点】とかで、正直、私にはピンとこないのです。

それに加えHACCPの解説本も制度設計の解説ばかりで、具体的な実例に乏しく、一般人にはなおさら分かりにくいのではと思います。

 

そこでまずはなぜHACCPを取り入れる必要があるか、それを具体例から紹介することにして説明していきたいと思います。

なお今回は長文になりそうなので、前後編、あるいは3回にエントリーになると思います。

 雪汁集団食中毒事件のあらまし

さて、今回取り上げるのは我が国の食品衛生上の一大事件、雪印集団食中毒事件です。

あの事件でなぜ食中毒は起きてしまったのか、もし当時HACCPが取り入れられていればこの事件は防げたのかどうか、それを説明していきたいと思います。

 

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2000年6月下旬、雪印乳業大阪工場から出荷された「雪印低脂肪乳」を飲んだ子供が嘔吐や下痢の症状を訴えました。

雪印乳業は当初、事態を軽視し製品回収を渋ります。もっともすぐに食中毒を公表し製品を回収することになるのですが、この回収の遅れが原因で約一万四千人に食中毒の被害を広げてしまいました。

食品会社にとって食中毒はもっとも避けるべきものです。リスク管理の観点からも雪印は即座に行動すべきでしたが残念ながらそれが出来ませんでした。

この事件がきっかけて雪印ブランドの信用はどん底まで失墜します。全工場の操業は停止され、雪印製品は種類を問わず全国から撤去されるに至りました。

なお当時の社長、石川哲郎氏はエレベーターの前で寝ずの番で待ち構えていた記者に囲まれ、気が立っていたため「わたしは寝ていないんだよ」と発言してしまい、これがブランドイメージの崩壊の決定打となりました。有名なシーンなので記憶にある方も多いかと思います。

なぜ食中毒は起こったか。

雪印集団食中毒事件はいろいろな意味で時代の転換点として捉えられる重大な事件ですが、このエントリーでは事を食中毒だけに絞っていきます。

 

当初、食中毒の原因は大阪工場の逆流防止弁の洗浄不足が原因とされました。

しかしその後の調査によって、北海道にある大樹工場の脱脂粉乳を製造する過程ですでに汚染が発生していたことが判明しました。

 雪印乳業大樹工場での食中毒汚染原因は、脱脂粉乳の製造過程にありました。

脱脂粉乳の製造工程は、まず牛乳を20~30℃程度に温めて牛乳からクリームを分離し、その後、殺菌装置にかけた上で乾燥させ粉末状の脱脂粉乳を製造するというものです。

 ところが、食中毒汚染が発生した当日は雪の影響で工場が一時的に停電、本来は数分しか加温しないことになっていた脱脂乳(クリームを取り除いた牛乳)が4時間近く放置されてしまっていました。この時に食中毒の原因となる黄色ブドウ球菌が大量発生したのです。

その後、電力が復旧し操業を再開した時、この脱脂乳について「殺菌装置にかけるのだから大丈夫だろう」という現場判断がなされ、原料を捨てずに製造を続行したため、汚染された脱脂粉乳が製造されてしまったのです。これを原料にして大阪工場は製品を製造したため、食中毒が発生したというわけです。

 なぜ殺菌装置にかけたはずの脱脂乳で汚染物質が発生してしまったのか。

なぜ殺菌装置にかけたのにも関わらず、完成した脱脂粉乳から食中毒が発生してしまったのでしょうか。

それは職員の食中毒への理解不足が原因でした。殺菌装置は加熱によって黄色ブドウ球菌を殺菌するのですが、黄色ブドウ球菌が作り出した毒素エンテロトキシンAは加熱によって破壊することができません。このエンテロトキシンAを人体が摂取することで、激しい吐き気、下痢、腹痛などの食中毒の症状が起きるのです。しかし担当職員にはこの知識がありませんでした。

 当時、製乳業は高度な衛生管理をしているというのが社会一般での認知でした。だからこそ雪印のこの事件は社会に大きなインパクトとなったのです。具体的にこの大樹工場がどの程度の衛生水準だったかまでは分かりませんが、おそらくは標準以上の衛生管理が行われていたことと思われます。それでも事件は起きてしまったのです。

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日本の衛生管理の限界

この事件は雪印という会社だから起きた特殊な事件ではありません。日本の食品衛生のあり方そのものに問題があり、それが最悪のケースとして露出したのがたまたま雪印だったと見るべきです。

もしこのとき雪印の大樹向上にHACCPが導入されていれば、ほぼ間違いなく食中毒は防げていたでしょう。

雪印は別に資金繰りに苦しくて意図的に不正をしたわけではなく衛生管理がずさんであったからでもないからです。たしかに職員の判断ミスはありましたが、そもそも現場の職員に必要以上のリスク管理を求めることが間違いです。

 雪印食中毒事件は防げたか

HACCPの詳しい解説は次回以降にいたしますが、一点だけ。

もし雪印がCCPの概念を理解して実行していたら、まちがいなくこの食中毒事件は防げたことでしょう。

CCPとは「Critical Control Point」の略称で、日本語では重要管理点と訳されます。

これは食品衛生を担保する上でもっとも重要な工程を見つけ、それを管理することなのです。

 雪印のこの事件の場合、食中毒を防ぐために黄色ブドウ球菌を増殖させないことが最重要課題でした。これを危害要因分析と言います。

そのためには生クリームを分離するための加温は必要最低限に抑えることが重要になります。なぜならいったん黄色ブドウ球菌が増殖してしまうと、発生した毒素エンテロトキシンAを取り除くことが後の工程でできないからです。

したがって加温の工程は間違いなくCCP(重要管理点)となります。

1、生クリーム分離のための加温の工程で「25±3℃の温度で、2~3分の間加熱する(数字は仮定)」といった内容を取り決め、実施内容は常に記録する。

2、それが何らかの要因で達成できなかった場合はすみやかに製造ラインを止めて、原料を廃棄、機器を洗浄する。

 といった取り決めをしておけば、この作業工程内で食中毒の原因が発生する可能性はほぼゼロにすることが可能です。そしてこれは決して難易度の高い作業はありません。

 HACCPの実施は難しくない

新しい概念だけに、HACCPは煩雑で難解な技術なのではないかという誤解があります。たしかにHACCPに面倒くさい部分があることは事実です。また、リスクの概念に生物学的知識や化学的知識が必要になることもあり、一般人だけでHACCPを導入するというのは難しい場合もあるかとは思います。

ですがHACCPのもっとも重要な点は「何が食品衛生にとって問題になるのかを分析し、それを防ぐには工程のどこを管理すればよいかを検討する」だけのことであり、当たり前のことを当たり前にやるだけ、とも表現できます。

たとえば4時間温めた牛乳が食用にするのは論外だと一般人でも分かります。

そこに科学的な裏付けをし防止策を施すのがHACCPです。けっして難しい概念ではないのです。

 

続きます。

 注記

なお今回例として採用した雪印乳業についてですが、この事件の後、徹底した衛生管理に取り組み、「雪印メグミルク株式会社」として信頼を回復し現在に至っております。

あくまで二十年近く前の雪印乳業で何が起きたのかの解説なので、その点を誤解なきようにお願い致します。

 さらに余談

ちなみに雪印乳業の大阪工場は【総合衛生管理製造過程】の認証を得ていたにも食中毒事故が発生してしまったため、この件がきっかけで【総合衛生管理製造過程】の見直しの契機となりました。

この【総合衛生管理製造過程】とは、HACCPと品質管理を合わせたような複雑な制度でして当時としては先端の品質管理制度でした。ただしとても複雑な制度であり、運営する側もきちんと理解実施するのが難しかったため、現在ではこの制度に対する評価は低いものとなっております。

そのせいかHACCPの解説本には必ず、「【総合衛生管理製造過程】とは違って難しいものではない」という断り書きが入れられるほどです。HACCP発祥の地であるアメリカでも同様の失敗があったと仄聞しますが、HACCPは安全のみを取扱い品質は別に管理するものなのだということは覚えておくべきかもしれません。