HACCP運用の概要について
前回のエントリーではHACCPの基本的な考え方を図解いたしました。HACCPはそれほど難しいものではないということをお示しできたかと思います。
今回は、では何故HACCPってあんなに色々決めたりすることがあるの? という話になります。
HACCPとPPの関係性の話
HACCPでは現場で実際に製造をする際に特に気をつけなければならない点をCCPと設定して特別に厳しく管理します。CCPの実際の数は製造ラインの性質によって異なりますが、忙しい現場作業の中で幾つものCCPを管理することは現実的ではありません。
CCPは食中毒のリスクを管理するものですので、当然ながら不確定要素があればあるほど増えていくことになります。反対に不確定要素の少ない状況ならば、CCPの数は減り管理を楽にすることができます。
ごく分かりやすい一例として、製造現場は可能な限り外部と遮断されていた方がいいと言うものがあります。そのためには建物の入り口などは二重扉にして風が入り込まないように、扉が常に閉じている状態の方が好ましいです。扉があっても立て付けが悪くなっていて隙間風が入る状態では意味がありません。
逆に屋台のような露店で風雨が入ってくるような状態だと、不確定要素が数えきれないくらいに発生してCCPどころではなくなります。
理屈だけで言えばこの屋台のような状態でもHACCP管理をすることは可能です。しかしとても現実的ではありません。また各国のHACCPやそれに類する衛生管理のガイドライン等では作業所の環境についてどのようなものが好ましいかについての記述がありますので第三者からHACCP認証を得るのはきわめて難しいでしょう。
このようにCCPを設定する以前に定めておく前提条件を、一般的衛生管理基準プログラム(Pre-Requisite Program)と言います。略称はPPあるいはPRPで本エントリーではPPで統一します。
ちなみのCCPではないCPは、このPPによって管理されることになります。
CCPとPPの関係について
HACCPを運用する際に、一般的衛生管理基準プログラム(PP)がしっかりしていればCCPは最小限に済みます。逆に一般的衛生管理プログラムがずさんだとCCPで管理しなければならない範囲が広がり、現場での運営が難しくなります。
そのため実際にHACCPを始めるときは、PPを先に設計し、その後にCCPを設定することになります。この際、建物などがCCPの負担を減らせるような設計にすることでHACCP運営を容易にすることができるのです。
その意味においてはPPがCCPの範囲を決めると言っても過言ではありません。むろんその前に、危害要因分析をしっかりと行い、何が食中毒のリスクを高めるのかを理解することも重要です。
ある程度大きな作業所では、PPとCCPが別の部門によって管理されることもしばしばあります。これは現場オペレーターが実際の作業とCCPの管理に集中できるようにするためです。どのような形で運営されるにせよ、PPとCCPは別に設定、管理されるべきものなのです。
PPとCCPとの違いについてさらに具体的に述べておきます。
PPは仮にその対応を一時的に誤ったとしても即座に安全性の問題にはつながりません。例えば、施設の適切な場所にねずみ取りを設置して定期的に点検するオペレーションはPPに含まれます。この点検を一度忘れてしまったとしても、安全性に重大な問題が発生するとは考えにくいです。
しかしCCPは予め設定した基準を逸脱してしまったらただちに製造ラインを止めて改善措置を取らなければ食中毒のリスクが発生してしまいます。
PPの具体的な要件について簡単に
一般的衛生管理プログラム(PP)は、製造に関わることだけでなく、原材料の選別から顧客からのクレーム処理まで多岐にわたる事例を扱うことができます。そのため、国によって求める内容が微妙に異なっております。
一般的衛生管理プログラムと適正製造基準の関係について
自分でも英語の略語ばかりで少々嫌気が指しているのですがGMPという言葉があります。これは日本語では適正製造基準(Good Manufacturing Practice)といい、製造工程に関する大まかな基準です。PPの主な内容はGMPとなります。それに衛生基準やクレーム処理の仕方などをプラスαしたものが、現在適応されているPPだと考えて良いと思われます。
図解では、PPの概念を世界で最初に開発したカナダの農業食糧省のPPの定義を用い、PPの内容を簡単に紹介しました。なぜカナダのPPを用いるかといえば、カナダではPP=GMPであり、もっとも保守的な基準だからです。
以下、各項目の詳細について簡単に書き出しておきます。
・施設
建物の立地、建物の設計(照明や換気)、氷を含む水回り、廃棄物処理、手洗い場や着替え室、ランチルームなどについて
・輸送保管
入荷、保管、出荷についてについてです。原材料の購入方法について
・設備
機器の条件、メンテナンスなどについて
・個人衛生
個人の衛生、健康及び衛生教育などについて
・衛生・防除
施設の衛生管理の手順、検査の仕方、害虫駆除などについて
・回収プログラム
リコールをしなくてはいけなくなった時の手順について
なお、現在カナダはこの6条件に加えてアレルゲンや食品添加物についての使用法や異物混入についての対策などを規定する運用前提条件プログラム(OPRP)を含めた7つの基準でPPを管理しております。(日本で一般的なOPRPとは内容が異なります)
PPがしっかりしていれば、CCPに割くコストも少なくて済み、より効率的な運営が可能になるということはお分かりいただけたかと思います。
まとめ
この一般的衛生管理プログラム(PP)ですが、実際の検討に入れば、今まで運用してきた衛生管理方法と多くの点で一致するかと思います。
HACCPとはあくまで管理手法であり、実際の衛生管理を指定するものではありません。大切なのは、何を目的としてその衛生管理を実施するかをきちんと把握することです。したがって、よほど衛生に気を使っていない作業所でもない限り、実際の運営で大きな手順変更は起こらないでしょう。ただし、施設要件に関しては残念ながら日本ではルーズな点が多々ありますので、その点は注意が必要です。(食材を置く高さ、壁と厨房機器の距離、ドライフロア等)
また生物的リスク、主に微生物への意識が弱いことも問題です。食中毒の発生件数の9割は微生物にまつわるものであり、雪印の事件でも黄色ブドウ球菌の特徴を知らなかったことが食中毒の引き金となりました。
しかし全体として日本の食中毒に関する衛生水準は他国と比較しても際立って優れています。HACCP運用は、書類を揃えるなどのコストはかかりますが、そこまで大変ではないのではないかと予想しております。
たとえば2011年のアメリカでの食中毒による死者数は約3000人なのに対し、日本の死者数は11名と、人口や調査方法の違いでは説明できない差が出ています。(日本の場合2桁になることのほうが珍しい)制度設計では遅れを取っていますが、個々人の衛生意識は高いのです。
HACCP取得の意義の一つに欧米への輸出が可能になるという点があります。
日本の食品の安全性の高さは疑いようもなく、大きなアピールポイントとなるでしょう。その意味からも、HACCPはもっと普及されて良いと私は考えています。