認知症ケア 「認知症の方が頻繁にトイレに行くときの対応」 ミニセミナー向け
この記事は、とある認知症のミニセミナーで使用したプレゼンテーションを大幅に改稿した内容です。プレゼンテーション用パワーポイントファイルは無料で差し上げております。詳しくは記事最後まで。
認知症ケア「認知症の方が頻繁にトイレに行くときの対応」
認知症の方は、トイレに行ったことを忘れてしまう。
認知症の方の中で、頻繁にトイレに行きたがる人がいます。
介護度が重くそのたびに介助者が付き添わねばならない状況だと、そもそも日中でも大変ですが、夜中に何度もトイレに行こうとするため、介助者の睡眠が細切れになってとても大変です。
このようなケースで、なぜトイレに頻繁に行きたがるのか、どうすれば認知症の方のトイレに行く回数を減らせるか、これが今回のお話のテーマです。
まず大前提。「もしかして?」を忘れない
認知症の方が頻繁にトイレに行こうとすると、「介護者は、認知症の方には「記憶障害」があるので「トイレに行った」という記憶を失ってしまう。だから何度もトイレに行こうするのだ」と判断します。
多くの場合それは正しいです。ですが、それが思い込みになって別の状況を悪化させてしまう場合もあります。それゆえ十分な注意が必要です。
忘れてはならないことは認知症の方の多くは老人だということです。
年を取るとどうしても排尿機能が衰えてきてしまいます。そのため認知症の方に「記憶障害」だけではなく「排尿機能障害」が起きている場合があるのです。
うまくおしっこができていないから尿が残り、その結果、残尿感から何度もトイレに行きたがっている、そういう状況なのかもしれません。残った尿からは尿路感染のリスクもありますので放置してはいけません。
ですから介護者は、認知症の方が頻繁にトイレに行きたがる場合に「トイレの記憶が失われている」と考えるちょっとその前に、「排尿機能障害のせいで残尿感があるのかもしれない」と注意を向ける必要があるのです。
では排尿機能障害だと判断するにはどうすれば良いでしょうか?
簡単な対策としては、認知症の方に残尿感について聞いてみる、摂取している水分量と尿の量を比較してみるといった手段が挙げられます。もちろん、行動を観察した結果を主治医に相談することも重要です。
特に認知症の薬の中には尿意を促すものもあるので、その結果、何度もトイレによく行くようになっている可能性もあります。この場合も主治医と相談し、薬の種類や量を変えるてみるとトイレの回数が改善する場合もあります。
大切なのは、認知症の方であっても頻尿の原因が「記憶障害」であると決めつけてはいけないという意識がけをしていくことなのです。
トイレに行きたいその原因は?
「排尿機能障害」と「記憶障害」では、当然ながらトイレに行きたい原因が異なります。それによって取るべきケアの方針が変わってきますので、ここで原因と対応を整理しておきます。
「排尿機能障害」の場合
排尿機能障害の場合、認知症の方がトイレに行きたい理由は、先述のとおり残尿感による不快さからです。
高齢者の場合は、加齢により排泄機能が低下しています。男性の場合、主に前立腺の肥大によって尿路が圧迫され尿が出づらい状態になりやすく、また女性の場合は尿道内圧の低下によりやはり尿が押し出されにくい状態になりやすいです。
どちらの場合にせよ、排泄機能の衰えにより、一度の排泄で尿がすべて排泄されず、残尿感から認知症の方は不快な気持ちになっています。それがトイレに何度も行きたがる原因になります。
この場合は主治医に相談し、投薬方法の変更や泌尿器科への受診など、医療的な対応が必要になってきます。
「記憶障害」の場合
対して記憶障害の場合、認知症の方が何度もトイレにいく理由は「安心したい」という感情からきています。けっして尿意からとは限らないのです。
認知症の方は、記憶障害から「トイレにいつ行ったのか分からない」という不安を抱えています。その不安が「失禁するかもしれない」という恐れにつながります。
認知症の方にとって、この恐れを解消する一番の方法はとにかくトイレに行くことです。たとえ排泄できなくてもトイレに行けば気持ちは安心することができます。
排尿機能障害の場合は、残尿感による不快感という身体的な理由でトイレに行くのに対し、記憶障害の場合は、失禁の恐怖という心理的な理由からトイレに行くのです。
したがって医師の診察を受けても状況が改善しないことがあります。
なぜならば、これは心の問題だからです。それゆえこの場合の対応は「失禁」から認知症の方の自尊心を守るためのケアの方が必要になってくるのです。
このように頻繁にトイレに行く理由が分かれば、それに適したケアの方針を決めることができます。まずは認知症の方がなぜトイレに行きたがるのか、その行動の理由をよく探ることが重要なのです。
なぜ自尊心を守るケアが必要なのか。
ところで、認知症の方はたとえトイレで失敗しても、そのことをぱっと忘れてしまったりします。それなのになぜ自尊心を守るケアが必要なのでしょうか?
認知症の方は記憶は失っても、感情は失われない。
失禁をした瞬間、認知症の方は深く傷ついています。健常者であっても、失禁してしまったら自尊心が深く傷つくでしょう。それは認知症の方でも同じことなのです。
ですが認知症の方は失禁したことを忘れてしまいます。では自尊心が傷ついたことも忘れてしまうのかというと、実はそうではないのです。
認知症の特徴として、「記憶」は失われても「感情」は残り続ける、というものがあります。
通常、健常者なら「いやな記憶」と「いやな感情」はセットになって記憶されています。時間の経過によって「いやな記憶」が徐々に薄れていくと、それと同時に「いやな感情」も思い出さなくなっていきます。
しかし、認知症の方は短時間で「いやな記憶」のみが抜け落ち、「いやな感情」だけが残ってしまうのです。具体的には失禁そのものは忘れているのに、失禁をしたときに感じた「恥ずかしい」「気持ち悪い」という感情は残っているという状態になります。
そして、再びトイレに行きたくなったとき、失禁した記憶はないのに、「恥ずかしい」「気持ち悪い」という嫌な感情のみがよみがえってパニックに近い心の状態になります。そのためトイレにものすごく執着するようになりますし、イライラして結果として些細なことでキレたり、最悪の場合は暴言・暴力という手段にまで発展してしまうこともあります。
こうなると本人にとって良いことは一つもありませんし、介護者にとっても介護がとても大変なものになってしまいます。
認知症の方の自尊心を守るケア――つまり今回のケースでは認知症の方がトイレで不安を感じないようにするケアのことですが――これができれば、認知症の方は安心して暮らすことができます。
同時に、介護する側にとっても負担が減り安心して介護を行えるようになるのです。
認知症の方の行動の先回りをして、自尊心を守るケアにつなげよう。
それでは、自尊心を守るケアとは具体的にはどのようなものでしょうか?
それは「一歩先の対応」です。認知症の方の胸中を察し、生活の中で、認知症の方gあ自尊心を失わないように先手を打つ対応が有効なケアになります。
まずは認知症の方が、何度も何度もトイレに行きたがる時の、その心の動きについて想像してみましょう。
認知症の方は記憶障害によって「自分がトイレに行ったかどうか」を忘れているます。そのため、認知症の方の心の中では、「自分はもう長いことトイレに行っていない」という認識になっています。
健常者でも、自身が長時間にわたってトイレに行っていないという認識ならば「大丈夫だろうか? トイレに行っておいた方がいいんじゃないだろうか」と不安になってもなんら不思議ではありません。
さらに認知症の方が一度でも失禁を経験していると「失禁するのは嫌だ、恥ずかしい」という感情が強く残っています。すると健常者よりもさらに強い不安に襲われて、居ても立っても居られなくなるのです。
この不安が「何としてもトイレに行かなくては」という強い執着心を生みます。おしっこが出るかどうかは無関係なのです。とにかく「トイレ」にさえ行けば「いやな気持ち」にならないで済む、そういう図式が頭の中で出来上がっているためです。
そしてトイレを済ませると、また「記憶障害」によって「トイレに行ったこと」そのものを忘れてしまい、失禁の強い恐怖がよみがえり、恥ずかしい思いをしないためにトイレに行くことに執着するのを繰り返すのです。
それぞれの心の状態を踏まえた対応をする。
まず「失禁」そのものに強い不安を抱いている認知症の方には、認知症の方に尿とりパットやおむつの使用が有効です。しかし、尿とりパットやおむつの利用は場合によっては別の自尊心を傷つけてしまうことにもなりかねませんので、無理やり使用させるのではなく、認知症の方が納得できるようによく相談しなくてはなりません。
また、「トイレに行くこと」そのものに強い執着心を持ってしまっている場合には、頭からトイレのこと忘れるようにしむけてみるのも一つの手段です。
頭の中がトイレでいっぱいになってしまっている認知症の方に、トイレから出てきたタイミングで声をかけ、興味関心を別な方向に向かわせます。一度、頭の中からトイレのことが抜け落ちれば、尿意自体はないのですから、トイレに執着することはなくなります。
また「トイレに対する不安」への対策からは少し外れますが、認知症の方に対して安全に排泄できるように配慮をすることも重要です。
使い慣れた自宅のトイレに手すりなどを設置し認知症の方が自力で排泄できるような環境を整えてあげると、「自分は自力でトイレで用を足せる」という安心感が生まれます。もとは「失禁」に対する不安ですので、用を足すことに自信が持てればトイレに対する執着心も薄くなります。
また、トイレの使い方を忘れてしまうことで失禁する場合もあります。
この場合はトイレの目につきやすい場所に、かつてその人が使っていた言葉で「便所」「お手洗い」「はばかり」といった張り紙をすることで、トイレで何をするかを思い出させ、トイレの失敗を防ぐという手段も有効です。
「失禁」でいやな気持ちにならない、いつでも自力で用が足せると認知症が自信を持てれば、頻繁だったトイレの回数は減っていくはずです。
もし認知症の方に対して有効な手段が思いつかないときは、通所しているデイケアのスタッフや通院している病院の看護師などに相談してみるといいでしょう。彼らはその道のスペシャリストですから、様々なアドバイスをしてくれます。
「失禁」という失敗をさせないために、「一歩先の対応」で自尊心を守り、安心を与える。これが認知症の方のトイレの回数を減らす方法なのです。
まとめ
今回のまとめです。
まずは大前提として認知症の方に「排尿機能障害」が起きてないかを確認してください。「排尿機能障害」と「記憶障害」では取るべきケアの方針が違ってくるからです。
「記憶障害」にいって何度もトイレに行きたがっていると分かった場合には、認知症の方の自尊心を守るケアが有効です。
なぜなら認知症の方が何度もトイレに行きたがる原因は「失禁」によっていやな思いをするのを避けたいという不安だからです。
認知症の方も、介護の方も楽しく過ごせるように「一歩先の対応」をすることで、認知症介護は楽になるでしょう。
最後になりますが
今までのお話をひっくり返すようですが、実は、本人と周囲の方に特に問題が生じていなければ、認知症の方が何度もトイレに行きたがるのを無理に変えさせる必要はありません。
認知症の方がトイレに行くことで不安から解消されているのなら、それはそれで問題ないからです。認知症の方の気のすむようにするのが一番よいケアということもあるのです。
トイレのケアは大変ですが、この記事がきっかけで 皆様の介護が少しでも楽になればよいと願っております。長文をお読みいただきありがとうございました。
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